East Almanac
日本語

50. 火风鼎 (鼎)

第3爻

この爻が動けば に変じる 64. 火水未濟 (未济)
九三:鼎の耳革まり、其の行い塞がる。雉の膏食われず、方に雨ふりて悔いを虧く、終には吉。

現代解釈

優れた才能や資源を持ちながらも、運ぶ手立てや状況が噛み合わず一時的に足踏みを強いられる兆しです。しかし焦らず調和の時を待てば、塞がりは自然と解けて最終的には正当な実りを享受できます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 50 鼎 — 第3爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/50/3

易の占い

九三は過剛にして中を得ず、下卦の極みにあり、鼎の中には美饌が詰まっているものの、持ち手である鼎耳が損なわれて移動が滞る様を表します。伝統的な解釈では、天の恵みの雨が降り陰陽が和合する時が来れば、悔いは消え去り遂には吉に至るとされます。之卦が未済であることは、道半ばの段階にありながら豊かな可能性が依然として残されている状況を裏付けます。焦燥感を抑えて時機の到来を静かに待つことこそが、状況を好転させる鍵となります。

仕事・キャリア

優れた企画や高い実力を備えていながら、社内の根回し不足や手続き上の制約によって進行が一時停止しやすい状況です。小象伝が「その義を失う」と戒めるように、現在は手段やパイプが一時的に途切れているだけであり、あなた自身の能力に問題があるわけではありません。無理に事態を押し通そうとせず、周囲の受け入れ態勢が整うまで細部を磨き直す時間に充てるのが賢明です。周囲と足並みが揃う時期を待って動くことで、本来の価値が正当に認められます。

恋愛・対人

お互いに深い好意や誠意を抱きつつも、表現の食い違いやすれ違いによって真意が伝わりにくい時期です。九三の過剛な性質が出ると、意固地になって相手を責めたり孤立を深めたりする恐れがあります。伝統的な見立てでは、時間が経ち感情の熱が冷めれば自然と誤解は解け、より深い結びつきを取り戻せるとされます。強引な意思疎通を控え相手のペースを尊重することが、円満な関係へと戻る近道です。

金運

有望な案件や保有資産の価値を認識しつつも、流動性の低下や制度の壁によりすぐには換金・活用できない状態を示します。卦象は目先の利益を急いで強引に動くことを戒めており、環境が整う前の拙速な行動は思わぬ損失を招きかねません。現有資産の安全性を確保し、市場や状況が追い風に変わるタイミングを冷静に見極める姿勢が求められます。好機が熟すまで守りを固めておくことで、将来的な実りの回収へとつなげることができます。

参考資料

原文

小象伝

鼎の耳革まるとは、其の義を失うなり。

古典注釈

周易本義爻辞

行の音は下孟反。塞の音は悉則反。

陽を以て鼎腹の中に居り、本より美実ある者なり。然れども過剛にして中を失い、五を越えて上に応じ、また下卦の極に居りて変革の時と為す。故に鼎耳まさに革まりて挙移すべからずと為す。上卦の文明の腴を承けて雉膏の美ありと雖も、人の食と為るを得ず。然れども陽を以て陽に居りてその正を得たり、苟くも能く自守せば、則ち陰陽まさに和してその悔いを失わん。占う者是の如くなれば、初めは利ろしからずと雖も終には吉を得るなり。

周易本義小象伝

折の音は之舌反。覆の音は方服反。餗の音は送六反。渥の音は乙角反。

晁氏曰く、形渥は諸本に刑剭と作す、重刑を謂うなり、今これに従う。九四は上に居りて任重き者なり、而るに下は初六の陰に応ずれば則ちその任に勝えず。故にその象此の如くして、その占いは凶なり。

伊川易伝爻辞

鼎耳は六五なり、鼎の主と為る。三は陽を以て巽の上に居り、剛にして能く巽順たり、その才は以て務めを済すに足る。然れども五と応にあらずして同じからず。五は中にして正にあらず、三は正にして中にあらず、同じからざるなり。未だ君に得られざる者なり。君に得られざれば則ちその道何に由りて行われん。革とは変革して異なるを為すなり。三と五とは異にして合わざるなり。その行塞がりて亨ること能わず。君に合わざれば則ちその任を得ず、以てその用を施すこと無し。膏は甘美の物、禄位を象る。雉は五を指すなり、文明の徳あるが故にこれを雉と謂う。三は才用あるも六五の禄位を得ざるは、是れ雉膏を食するを得ざるなり。君子その徳を蘊めば久しくして必ず彰われ、その道を守ればその終極には必ず亨る。五に聡明の象あり、三は終には上進の物なり、陰陽交わり暢るれば則ち雨ふる。方雨とは将に雨ふらんとするなり、五と三とまさに和合せんとすることを言うなり。悔いを虧きて終には吉とは、不足の悔いも終には当に吉を獲べしと謂うなり。三は才を懐きて遇わざるが故に不足の悔いあり。然れども剛陽の徳あり、上は聡明にして下は巽正なり、終には必ず相い得るが故に吉なり。三は中ならずと雖も巽体を以ての故に過剛の失無し、若し過剛ならば則ち豈によく終には吉ならんや。

伊川易伝小象伝

始め鼎耳と革異する者は、その相い求めるの義を失えばなり。五と応にあらざるは、合を求むるの道を失うなり。中ならざるは同志にあらざるの象なり。是を以てその行塞がりて通ぜず。然れども上は明にして下は才あり、終には必ず和合す、故にまさに雨ふりて吉なるなり。

周易注爻辞

「鼎」の義たる、中を虚しくして以て物を待つ者なり。而るに三は下体の上に処し、陽を以て陽に居り、実を守りて応無く、納受する所無し。耳は宜しく空にして以て鉉を待つべきに、反りて全くその実塞がる、故に「鼎耳革まり、その行塞がる」と曰い、雉膏ありと雖も終には食すること能わざるなり。雨とは陰陽交わり和して偏亢ならざる者なり。陽爻を体すと雖も、統じて陰卦に属す。若し全く剛亢に任ぜず、務めて和通に在らば、「まさに雨ふらん」とせば悔い虧け、終には吉なるなり。

周易正義爻辞

「九三鼎耳革まり」より「終には吉なり」に至る。

正義に曰く:「鼎耳革まりその行塞がる」とは、鼎の義たる下実上虚にして、是れ空にして以て物を待つ者なり。「鼎耳」の用もまた宜しく空にして以て鉉を待つべし。今九三は下体の上に処し、この鼎の耳に当たり、宜しく空の地に居るべきに、陽を以て陽に居るは、是れ実を以て実に処する者なり。既に実にして虚ならざれば、則ち鼎耳の常義を変革す。常に物を納れ鉉を受くる処、今や塞がれり、故に「鼎耳革まり、その行塞がる」と曰う。「雉膏食われず」とは、体実にして受けざるのみならず、また上九は己に応ぜず、亦た納るる所無し。その器ありと雖も用いる所無く、雉膏ありと雖も食せらるるを見ること能わず、故に「雉膏食われず」と曰うなり。「まさに雨ふりて悔い虧く、終には吉なり」とは、「雨とは陰陽交わり和して偏亢ならざる者なり。陽爻を体すと雖も、統じて陰卦に属す。若し全く剛亢に任ぜず、務めて和通に在らば」、まさにこの和通を為さんと欲すれば、則ち悔い虧けて終には吉を獲る、故に「まさに雨ふりて悔い虧く、終には吉なり」と曰うなり。

周易正義小象伝

正義に曰く:「その義を失うなり」とは、その中を虚しくして納受するの義を失うなり。

出典