周易本義爻辞
臀は徒敦の反。次は七私反。且は七余反、姤卦も同じ。
陽を以て陰に居り、不中不正にして、居れば則ち安からず、行けば則ち進まず。もし衆陽と進むを競わずして安らかにその愛の後に出でば、以てその悔いを亡くすべし。然れども決の時に当たり、志は上進に在れば必ず能わざるなり。占う者言を聞きて信ずれば、則ち凶を転じて吉となさん。羊を牽く者はその前に当たれば則ち進まず、これを縦にして前進せしめてその後に随えば、則ち以て行くべし。
第4爻
九四:臀に膚なし、その行くこと次且たり。羊を牽けば悔い亡ぶ。言を聞けども信ぜず。
九四は居心地の悪い中途半端な位置にあり、焦って前進しようとしても足取りがおぼつかず、助言を拒む頑なさが自らを追い詰めます。伝統的な解釈は、意地を捨てて指導的な立場に従う素直さこそが後悔を消す道であると促します。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 43 夬 — 第4爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/43/4
陰の位に陽で座すため位が不当であり、上位にいながら確固たる地盤を持たない不安定さを象徴しています。小象伝は、進もうとしても進めないのは居所が不適切だからであり、忠告を聞き入れないのは自負心によって知性が曇っているからだと指摘します。無理に先頭に立とうとせず、信頼できる先導者の歩調に身を委ねる謙虚さが求められます。
中間的な立場で責任とプレッシャーに挟まれ、強引に物事を進めようとして空回りを起こしやすい状態です。古典の戒めによれば、力量が伴わないまま独断で突っ走り、周囲の忠言を軽視すると決定的な行き詰まりに陥ります。自分のメンツにこだわらず、上司や有識者の指示に素直に従って足並みを揃えてください。
意地やプライドが邪魔をして素直になれず、相手の好意的な提案や歩み寄りをはねつけてしまいがちです。爻辞が示すように、頑迷さを捨てて相手に主導権を少し譲る姿勢が関係修復の糸口となります。勝ち負けにこだわるのをやめて相手の言葉に耳を傾けることが、こじれた空気をほぐす近道です。
手元の流動性が乏しいにもかかわらず背伸びした運用を続け、身動きが取れなくなる危険性があります。易学の伝統は、客観的なアドバイスを無視して強引な方針に固執すると損失を拡大させると警告しています。過ちを認めて専門家の助言を柔軟に受け入れ、守りの姿勢へ速やかに転換することが肝要です。
「その行くこと次且たり」とは、位当たらざるなり。「言を聞けども信ぜず」とは、聡明ならざるなり。
周易本義爻辞
臀は徒敦の反。次は七私反。且は七余反、姤卦も同じ。
陽を以て陰に居り、不中不正にして、居れば則ち安からず、行けば則ち進まず。もし衆陽と進むを競わずして安らかにその愛の後に出でば、以てその悔いを亡くすべし。然れども決の時に当たり、志は上進に在れば必ず能わざるなり。占う者言を聞きて信ずれば、則ち凶を転じて吉となさん。羊を牽く者はその前に当たれば則ち進まず、これを縦にして前進せしめてその後に随えば、則ち以て行くべし。
伊川易伝爻辞
臀に膚なしとは居るに安からざるなり。行きて次且たりとは進みて前まざるなり。次且とは進み難き状なり。九四は陽を以て陰に居り、剛決足らず。止まらんと欲すれば則ち衆陽並びて下に進み、勢い安きを得ず、猶お臀傷つきて居るに安んずる能わざるがごとし。行かんと欲すれば則ち柔に居りてその剛壮を失い、強く進む能わず、故にその行くこと次且たり。「羊を牽けば悔い亡ぶ」とは、羊は群行の物なり。牽くとは挽き拽くの義なり。言うこころは、若し能く自ら強めて牽き挽き以て群行に従わば、則ち以てその悔いを亡くすべし。然れども既に柔に処れば必ず能わざるなり。是の言を聞かしむと雖も、また必ず能く信用せざるなり。夫れ過ちて能く改め、善を聞きて能く用い、己に克ちて以て義に従うは、ただ剛明なる者のみ能くす。他卦に在りては九の四に居るはその失未だ是くの如く甚だしきに至らず。夬に在りて柔に居ればその害大なり。
伊川易伝小象伝
九は陰位に処りて当たらざるなり。陽を以て柔に居り、その剛決を失う、故に強く進む能わずしてその行くこと次且たり。剛にして然る後に能く明なり、柔に処れば則ち遷りてその正性を失う、あに復た明あらんや。故に言を聞きて信ずる能わざる者は、蓋しその聡聴の明ならざるなり。
周易注爻辞
剛ならずして進み、己の拠る所にあらざれば、必ず侵傷せられ、その安んずる所を失う、故に「臀に膚なく、その行くこと次且たり」と言う。羊とは抵触して頑なに動き難き物にして、五を謂うなり。五は夬の主にして、下の侵す所にあらず。若し五に牽かるれば、則ち「悔い亡ぶ」を得るのみ。剛亢にして言を納るる能わず、処る所を自任し、言を聞きて信ぜずして斯れを以て行けば、凶は知るべきなり。
周易注小象伝
火雷噬嗑の滅耳の「凶」に同じ。
周易正義爻辞
「九四、臀に膚なし」より「言を聞きて信ぜず」に至る。
正義に曰く、「臀に膚なく、その行くこと次且たり」とは、九四は下の三陽に拠り、位はまた不正なり。下剛にして進めば、必ず侵傷を見ん。侵傷せらるれば則ち居るに安きを得ず、「臀に膚なし」のごとし。次且とは行きて前進せざるなり。臀の膚なきは、居りて既に安きを失い、行くもまた進まず、故に「臀に膚なく、その行くこと次且たり」と言う。「羊を牽けば悔い亡ぶ、言を聞きて信ぜず」とは、羊とは抵触して頑なに動き難き物にして、五を謂うなり。尊に居り当位、夬の主となり、下は敢えて侵さず。若し五に牽かるれば、則ち悔い亡ぶを得べし、故に「羊を牽けば悔い亡ぶ」と言う。然れども四もまたこれ剛陽にして、各々処る所に亢ず。羊を牽くの言を聞くと復すといえども、肯えて信服して五に事えず、故に「言を聞きて信ぜず」と言うなり。
周易正義小象伝
「明ならざるなきなり」。
正義に曰く、「聡明ならず」とは、聡は聴なり。まことに聴の明ならざるに由る、故に言を聞きて信ぜざるなり。
注の「火雷噬嗑の滅耳の凶に同じ」とは。
正義に曰く、四は既に言を聞きて信ぜず、肯えて五に牽繋せざれば、則ち必ず侵克を被りて凶を致さん。而るに『経』に凶の文なく、《象》に「聡明ならず」と称するは、『火雷噬嗑』の上九の辞と同じく、彼れ不明を以て凶を釈す、此れもまた凶となすを知るなり。