East Almanac
日本語

43. 泽天夬 (夬)

第2爻

この爻が動けば に変じる 49. 泽火革 (革)
九二:惕れて号ぶ。莫夜に戎あるも恤うる勿れ。

現代解釈

九二は内卦の中庸を得ており、決断のただ中にあっても油断なく警戒を怠らないため、不意の事態にも動じず難を逃れます。伝統的な易解釈では、平時から危機感を抱いて備える姿勢が平安を保つ要であると称えられています。

AIにこのページを聞いてみる

リンクはプロンプトを事前入力するだけで送信しません — 主導権はあなたに。リンクが効かない場合は下のプロンプトをコピーしてください。

プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 43 夬 — 第2爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/43/2

易の占い

下卦の中央に位置する陽爻であり、柔軟性と自制心を兼ね備えた中道の徳を備えています。小象伝が「夜に戎あるも中道を得るなり」と説くように、突発的な夜間の騒乱に直面しても、日頃の備えと冷静な判断力があれば恐れるに足りません。常に予見と警戒を怠らなければ、どんな突発事故も無難に乗り切ることができます。

仕事・キャリア

職場や業界内で予期せぬトラブルや競合の動きが表面化しやすい局面ですが、事前の根回しが効を奏します。古典の知恵は、規律を守り危機管理マニュアルを整えておくことで混乱を最小限に抑えられると示唆しています。日頃から周囲の動向に目配りし、落ち着いて実務を遂行すれば問題は自然と沈静化します。

恋愛・対人

些細な誤解や外部からの無責任な噂話によって、二人の間に一時的な緊張が走る可能性があります。しかし伝統的な見立てによれば、日頃から誠実な対話を重ねていれば外野の雑音に惑わされることはありません。動揺せずにパートナーと本音を分かち合うことで、絆はかえって強まります。

金運

急な出費や市場の急変など突発的な変動が懸念されますが、事前のリスクヘッジが資産を守る防壁となります。易の教理は、過度な楽観を排して安全余裕を確保しておくことが不要な不安を消し去ると教えています。手元の流動性を厚めに確保しておけば、予期せぬ環境変化にも動じる必要はありません。

参考資料

原文

小象伝

「莫夜に戎あり」とは、中道を得るなり。

古典注釈

周易本義爻辞

莫の音は暮。

九二は決の時に当たり、剛にして柔に居り、また中道を得たり。故に能く憂惕号呼して以て自ら戒備し、莫夜に戎あるもまた患いなかるべし。頄は求亀の反。

頄は頬骨なり。九三は決の時に当たり、剛を以て中を過ぐ。これ小人を決せんと欲して剛壮面目に見るるなり。かくのごとくなれば則ち凶の道あり。然れども衆陽の中に在りて独り上六と応となす。もし能くその決を決し私愛に係らざれば、則ち上六に合すること独り行きて雨に遇うがごとく、濡るるがごときに至りて君子の愠む所となるも、然れども終には必ず能く小人を決去して咎むる所なからん。温嶠の王敦に対するはその事これに類す。

伊川易伝爻辞

夬とは陽が陰を決し、君子が小人を決するの時なり、戒備を忘るべからず。陽長じて将に極まらんとするの時にして、二は中に処り柔に居り、過剛となさず、能く戒備を知る。夬に処るの至善なり。内に兢惕を懐き外に誡号を厳にすれば、莫夜に兵ありと雖もまた恤うるなかれとす。象に曰く、戎あるも恤うるなかれとは、中道を得ればなり。

莫夜に兵戎あるは懼るべきの甚だしきなり。然れども恤うるなかるべきは、自ら処することの善なるを以てなり。既に中道を得、また惕懼を知り、且つ戒備あり、何事か恤うるに足らんや。九は二に居り、中を得たりと雖も正にあらず、その至善となすは何ぞや。曰く、陽が陰を決し、君子が小人を決するに中を得れば、あに不正あらんや。時を知り勢を識るは易を学ぶの大方なり。

周易注爻辞

健に居り中を履み、斯れを以て事を決すれば、能く己の度を審らかにして疑わざる者なり。故に惕懼号呼し、莫夜に戎ありと雖も、憂えず惑わず、故に「恤うるなかれ」とするなり。

周易正義爻辞

正義に曰く、九二は体を健にして中に居り、能くその事を決して疑惑なき者なり。復た人の惕懼号呼し、これに語りて莫夜に必ず戎卒来たりて己を害せんと云うありと雖も、能く己の度を審らかにし、惑わず憂えず、故に「恤うるなかれ」とするなり。正義に曰く、「中道を得る」とは、事を決するに中道を得たり、故に戎あるを以て憂いとなさざるなり、故に「中道を得る」と云う。

出典