East Almanac
日本語

45. 泽地萃 (萃)

第1爻

この爻が動けば に変じる 17. 泽雷隨 (随)
初六:孚ありて終えず、乃ち乱れ乃ち萃まる。若し号べば一握にして笑いを為す。恤うる勿れ、往けば咎なし。

現代解釈

萃の初六は、集まりの始まりにおいて迷いや不安を抱きやすいものの、上位の理解者と呼応することで混乱を乗り越えられる節目です。目先の動揺に惑わされず、誠意をもって進めばやがて安堵と調和を取り戻せます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 45 萃 — 第1爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/45/1

易の占い

下卦の最下位にあって集散の狭間で心が揺れ動きやすく、小象伝が「其の志乱るるなり」と説くように当初は方針が定まらない傾向があります。しかし上位の九四と正応の関係にあるため、伝統的な易解では初めの嘆き声はやがて笑いへと転じ、憂いを捨てて進めば咎なしとされます。焦って自ら混乱を招くのを避け、初志の誠実さを保って歩みを進めるのが肝要です。

仕事・キャリア

環境の転換期や新規プロジェクトの初期において、周囲の思惑に振り回されて自分の立ち位置に迷いが生じやすい時期です。古典の知恵は、根拠のない噂や不安に心を乱されることなく、信頼できる上司や先輩との連携を深めるよう促しています。目の前の基本業務を誠実に積み重ねることで、周囲の誤解も解けて着実な協力体制が築けます。

恋愛・対人

交際の初期段階や関係の模索期において、相手の反応に一喜一憂したり疑心暗鬼に陥ったりしやすい傾向が見られます。伝統的な見立てでは、見栄を張らずに素直な気持ちを伝えることで、初期のぎこちなさは自然と温かな笑顔へと変わるとされます。過剰な詮索や駆け引きを手放し、飾らない態度で接することが信頼を深める一番の近道です。

金運

情報の錯綜や周囲の動向に焦りを覚え、方針が定まらずに無駄な支出や場当たり的な動きをしてしまいやすい局面です。伝統的な指針は目先の波乱を過度に恐れず、事前の計画を守り抜く姿勢を重視しています。目先の誘惑を排して長期的な基盤に注力すれば、財務の安定は十分に守られます。

参考資料

原文

小象伝

「乃ち乱れ乃ち萃まる」とは、その志乱るるなり。

古典注釈

周易本義爻辞

号は平声。

初六は上りて九四に応ずるも、二陰に隔てられている。萃の時に当たり自ら守ること能わず、これ孚ありて終らざるものであり、志乱れて妄りに聚まるのである。もし正応に呼号すれば衆はもって笑いと為すが、憂うるなかれ、往きて正応に従えば咎なきを得る。占う者はまさにこのようであるべしと戒めているのである。

伊川易伝爻辞

初と四とは正応であり、もと孚ありて相従う者である。しかれども萃の時に当たり、三陰が聚処して柔にして正を守る節操がない。もし正応を捨ててその同類に従えば、これ孚ありて終らざるなり。「乃ち乱る」とはその心を惑乱することである。「乃ち萃まる」とはその同類と聚まることである。初がもし正を守りて従わず、号呼してもって正応を求めれば、一握はこれを笑う。「一握」とは俗語の一団であり、衆がもって笑いとなすことをいう。もし憂うることなく往きて剛陽の正応に従えば過咎なきを得る。しからざれば小人の群に入るのである。

伊川易伝小象伝

その心志は同類に惑乱されるゆえに群陰に萃まるのである。その守りを固くすることあたわざれば、小人に惑乱されてその正を失うのである。

周易注爻辞

応が四に在りながら三がこれを承けており、心に嫌疑を抱く。ゆえに「孚ありて終らず」というのである。道を守りてもって至好を結ぶことあたわず、迷いて競争を務む。ゆえに「乃ち乱れ乃ち萃まる」というのである。一握とは小なるの貌である。笑いを為すとは懦劣の貌である。己は正配でありながら三は近きをもって寵さる。もしそれ卑退に安んじ謙をもっておのれを牧すれば、「恤(うれ)うるなかれ」して「往きて咎なき」を得るのである。

周易正義爻辞

「初六孚ありて」から「往きて咎なし」に至るまで。

正義に曰く、「孚ありて終らず、乃ち乱れ乃ち萃まる」とは、初六は応が四にありながら三がこれを承く。萃聚の時は近合を貴ぶゆえに、三が四を承くるを見て、四が三と与にせんかと疑う。始めは中応をもって相信ずるも、終わりには他の意をもって相阻む。ゆえに「孚ありて終らず」というのである。すでに心に嫌疑を抱けば情意は迷乱し、馳せ走りて行きて礼をもって萃まらず。ゆえに「乃ち乱れ乃ち萃まる」という。一握とは小なるの貌であり、自ら一握の間に比して至極小なるを言う。笑いを為すとは厳毅の容にあらず、懦劣なるを言う。己は正配にして、三は近寵である。もし自ら号びて一握の小に比し、その謙退の容を執りて物と争わざれば、三を憂えず往けば必ず合するを得て咎なきを得る。ゆえに「もし号びて一握笑いを為すも、恤うるなかれ、往きて咎なし」というのである。

周易正義小象伝

正義に曰く、「その志乱る」とは、ただ四と三とを疑うがゆえに志意が迷乱するということである。

出典