East Almanac
日本語

35. 火地晉 (晋)

第1爻

この爻が動けば に変じる 21. 火雷噬嗑 (噬嗑)
初六:進む如く、摧かるる如し。貞にして吉。孚にされずとも、寛裕なれば咎なし。

現代解釈

初六は晋の始まりにあたり、進もうとするものの妨げを受け、足踏みしやすい初期の段階を示します。焦って成果を急がず、正しさを守りつつ寛容に構えることで、過ちを免れることができます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 35 晋 — 第1爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/35/1

易の占い

坤の最下位にある初六は、九四に応じようとして前進を図るものの、地歩がまだ定まらず阻害される様を「晋如摧如」と表されます。小象伝に「独り正を行えばなり」「未だ命を受けざればなり」とある通り、周囲の信任が未熟な間は寛裕の心を保つことが無咎の道であり、変卦は噬嗑となります。初期の逆風に苛立たず本分を守ることで、将来の誤解を自然に解消できるでしょう。

仕事・キャリア

新たな部署への着任や新規事業の立ち上げ期にあたり、上司からの完全な信頼や同僚の協力を得るまでに時間を要しやすい状況です。ここで焦って自己主張を強めると余計な反発を招くため、まずは与えられた基本的な職務を確実にこなすことが先決です。心にゆとりを持って地道に実力を示すことで、次第に周囲の評価が好転します。

恋愛・対人

関係性がまだ手探りの段階にあり、相手の反応がやや慎重であったり距離感を感じたりしやすい時期です。急激に進展を迫ったり相手の感情を試そうとしたりすると、かえって壁を作られてしまいます。適度な距離感を保ちながら温かく見守ることで、自然な信頼関係が時間をかけて育ちます。

金運

金運は準備と種まきの段階に留まっており、すぐに目に見える利益や大きなリターンを期待するのは時期尚早です。目先の甘い誘いに乗ることなく、元本の保全と堅実な家計管理を最優先にするのが賢明です。今は無駄な出費を抑えて足場を固めることが、将来の安定した実りにつながります。

参考資料

原文

小象伝

「進む如く、摧かるる如し」とは、独り正しきを行うなり。「裕にして咎なし」とは、未だ命を受けざるなり。

古典注釈

周易本義爻辞

陰を以て下に居り、応も中正ならず。進まんと欲して摧(くじ)かるるの象あり。占う者是の如くにして能く正を守らば則ち吉なり。設(も)し人に信ぜられずとするも、亦た当に寛裕を以て処るべし、則ち咎無きなり。

周易本義小象伝

初は下位に居り、未だ官守の命有らざるなり。

伊川易伝爻辞

初は晉の下に居り、進むの始めなり。晉如は昇り進むがごときなり、摧如は抑え退けらるるがごときなり。進むの始めにおいて言うに、其の進むを遂ぐるも其の進むを遂げざるも、唯だ正を得てのみ則ち吉なり。孚(まこと)罔(な)しとは、下に在りて始めて進むに、豈に遽(にわか)に深く上に信ぜらるることを得んや。苟(も)し上未だ信ぜざれば、則ち当に中を安んじ自ら守り、雍容寛裕にして急に上の信を求むる無かるべし。苟し信ぜられんと欲するの心切なれば、汲汲として其の守る所を失うにあらざれば、則ち悻悻(こうこう)として義を傷(そこな)うに至る、皆咎有るなり。故に裕(ゆたか)なれば則ち咎無しとは、君子が進退に処するの道なり。

伊川易伝小象伝

進む無く抑えらるる無く、唯だ独り正道を行うなり。寛裕なれば則ち咎無しとは、始めて進まんと欲して未だ当位ならざるが故なり。君子の進退におけるや、或いは遅く或いは速やかなるも、唯だ義の当たる所にして未だ嘗て裕ならざるはあらざるなり。聖人、後人寛裕の義に達せず、位に居る者が職を廃し守る所を失うを以て裕となさんことを恐る。故に特に初六に裕なれば則ち咎無しと云うは、始めて進みて未だ命を受けて職任に当たらざるが故なり。若し官守有りて上に信ぜられずして其の職を失わば、一日も居るべからざるなり。然れども事一概に非ず、久速は時に唯(したが)う、亦た之が兆を為すこと有るを容(ゆる)す。

周易注爻辞

順の初めに処り、明に応ずるの始にして、明順の徳、斯(ここ)において将に隆んならんとす。進めば明らかに退けば順にして、其の正を失わず、故に「晉如摧如たれども、貞にして吉なり」と曰うなり。卦の始めに処り、功業未だ著(あらわ)れず、物未だ之を信ぜず、故に「孚(まこと)罔(な)し」と曰う。方に卦の始を踏み、未だ位を履(ふ)むに至らず、此れを以て足れりと為さば、自ら其の長ずる所を喪う者なり。故に必ずこれを「裕(ゆたか)」にして、然る後に「咎無き」なり。

周易注小象伝

未だ位を履むを得ず、「未だ命を受けざるなり」。

周易正義爻辞

「初六晉如摧如」より「咎無し」に至る。

正義に曰く、「晉如摧如たれども貞吉なり」とは、何氏云う「摧は退くなり。裕は寛なり。如は辞なり」と。初六は順の初めに処り、「明に応ずるの始にして、明順の徳、斯において将に隆んならんとす」。進めば則ち明に之(ゆ)き、退けば則ち順に居る。進むと退くと、其の正を失わず、故に「晉如摧如たれども貞にして吉なり」と曰うなり。「孚罔し」とは、卦の始めに処りて功業未だ著れず、未だ人の信服する所とならざる故に「孚罔し」と曰う。「裕なれば咎無し」とは、裕は寛なり。「方に卦の始を踏み、未だ位を履むに至らず」、自ら以て足れりと為すべからざるなり。若し此れを以て足れりと為さば、是れ「自ら其の長ずる所を喪う」なり。故に必ず宜しく其の徳を寛裕にして、功業をして弘広ならしめ、然る後に「咎無から」しむべし、故に「裕なれば咎無し」と曰うなり。

周易正義小象伝

「象に曰く」より「未だ命を受けざるなり」に至る。

正義に曰く、「独り正を行う」とは、独は猶お専の勝(ごと)し、進むと退くと、専ら其の正を行うを言うなり。「裕なれば咎無しとは未だ命を受けざるなり」とは、進むの初めにして未だ位を履むを得ず、未だ錫命を受けず、故に宜しく寛裕にして徳を進むべし、乃ち「咎無き」を得るなり。

一撮金爻辞

初六・初爻(上中):須(すべか)らく力を著(つ)くべし、遊遨(ゆうごう)すること莫れ。長竿を蟾蜍(せんじょ)の窟に釣り向け、直ちに雲中に巨鼇(きょごう)を得んと欲す。

出典