East Almanac
日本語

16. 雷地豫 (豫)

第6爻

この爻が動けば に変じる 35. 火地晉 (晋)
上六:冥豫す。成るも渝ることあれば、咎なし。

現代解釈

豫卦の上六は、安逸や快楽に溺れきった極限において目を覚まし、自らを改める転換期を示しています。惰性から抜け出し柔軟に方針を改めることで、過ちを免れ新たな前進への道が開かれます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 16 豫 — 第6爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/16/6

易の占い

上六は豫の極みに位置し、享楽に盲目となる危うさを抱えますが、爻辞は悔い改めて変化することで咎を免れる余地を説いています。之卦が進展を象徴する火地晋であることも、自覚的な方針転換が明るい展望をもたらす象意と伝統的に解釈されます。現状への過信を捨てて自発的な軌道修正を図ることで、状況は好転へと向かいます。

仕事・キャリア

これまでの実績や慣れ親しんだ環境への甘えから、油断や停滞が生じやすい局面を迎えています。小象伝が安逸が長く続くはずもないと戒めるように、現状維持に固執することはかえって停滞を招くため、潮目の変化を敏感に察知することが求められます。惰性を断ち切って仕事の進め方を刷新すれば、次の成長機会をしっかりと掴めます。

恋愛・対人

関係性がマンネリ化し、表面的な楽しさや慣れ合いの陰で本質的な対話が後回しになっている傾向が窺えます。古典的な教えでは、自らの甘えに気づいて行動を改めることこそが絆の再生を促す鍵とされます。慣習的な付き合い方を一度見直し、誠実に向き合う姿勢を示すことで、二人の信頼は深まりを取り戻します。

金運

無計画な支出や心地よさを優先した浪費など、金銭管理の緩みが表面化しやすいタイミングです。伝統的な易学では過ちに気づいて改めることで損失を防げると説かれ、早急な支出の見直しや予算の引き締めが推奨されます。甘い見通しを排して規律ある管理体制へと切り替えることが、生活基盤を安定させる確実な一手となります。

参考資料

原文

小象伝

冥豫にして上にあり、何ぞ長かるべけんや。

古典注釈

周易本義爻辞

渝は以朱反(ゆ)。

陰柔をもって豫の極に居り、豫に昏冥なる象となす。その動体なるを以て、ゆえにまたその事成るといえども能く渝(かわ)るあるの象となす。占う者を戒むるにかくのごとくなれば、すなわち能く過ちを補いて咎なきなり。善に遷るの門を広むるゆえんである。

伊川易伝爻辞

上六は陰柔にして中正の徳有るにあらず。陰をもって上に居り不正なり。而して豫の極まる時に当たり、君子としてこの時に居るもまた当に戒懼すべし、況や陰柔においてをや。すなわち豫に耽肆して昏迷し反(かえ)るを知らざる者である。豫の終わりに在る、ゆえに昏冥すでに成るとなす。もし能く渝変(変化)することあらば、すなわちもって咎なかるべし。豫の終わりに在りて変の義あり。人の過ちは、いやしくも能く自ら変ずれば皆もって咎なかるべし。ゆえに冥豫すでに成るといえども能く変ずれば善しとするなり。聖人がこの義を発するは善に遷るを勧むるゆえんである。ゆえに重ねて冥の凶を言わず、専ら渝の咎なきを言うなり。

象に曰く「冥豫上にあれば何ぞ長かるべけんや」と。豫に昏冥にして終極に至れば、災咎は行(ゆ)くゆく及ばん。それ長らく然るべけんや、当に速やかに渝るべきなり。

周易注爻辞

「動豫」の極に処り、豫を極め楽を尽くす。ゆえに「冥豫成る」に至るなり。豫を過ごして已まざれば、何ぞ長かるべけんや。ゆえに必ず渝変して然る後に咎なきなり。

周易正義爻辞

正義に曰く、「動豫の極に処り、豫を極め楽を尽くす」とは、乃ち冥昧の豫に至りて成就するなり。昼をして夜となすがごとく、休止すること能わず、滅亡は近くに在り。「渝るあれば咎なし」とは、渝は変ずるなり。もし能く自ら思い改めて「冥豫」を為さざれば、すなわち「咎なし」を得るなり。

一撮金爻辞

上六・六爻(下下):独り寒潭の澗に釣るも、中途にして興すでに闌(た)けぬ。水寒くして魚は餌づかず、小艇月明に還る。

出典