East Almanac
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7. 地水师 (师)

第5爻

この爻が動けば に変じる 29. 坎為水 (坎)
六五:田に禽有り、言を執るに利ろし、咎無し。長子師を帥い、弟子屍を輿す、貞なれども凶。

現代解釈

地水師の六五は、組織の要として問題に対処する際、私情を排して経験豊かな適任者に全権を委ねる重要性を示します。適材適所の采配を徹底できるかどうかが、事態の収拾と組織の命運を左右します。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 7 师 — 第5爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/7/5

易の占い

尊位にあり中道を得た陰爻であり、下卦で軍を統率する九二の剛賢と正応を保っています。伝統的な解釈では、成熟した「長子」に全権を委ねれば成果を得る一方、未熟な「弟子」に指揮を任せれば混乱と敗北を招くと戒められます。困難な課題を処理する際は、情実を捨てて真に実力ある人物を抜擢することが不可欠です。

仕事・キャリア

難題の解決や重要プロジェクトの遂行にあたり、経験豊富な実力者に指揮権を集中させるべき局面です。社歴や私的な親しさだけで未熟な人材を責任者に据えると、業務の停滞やチームの瓦解を招きかねません。実績あるリーダーに信頼と権限を託し、組織全体で支え切ることが打開への道となります。

恋愛・対人

パートナーシップや家庭内で重大な判断が求められる際は、感情論を退け、思慮深い側が主導権を握るべき時です。身内の無責任な意見や短絡的な不満に引きずられると、二人の調和が乱れてしまいます。冷静で成熟した視点を持つ側を信頼して任せることが、関係の安定につながります。

金運

資産管理や運用の意思決定は、実績と規律を備えた確かな専門家や枠組みに委ねる姿勢が求められます。知人関係の曖昧な勧めや未熟な運用者に任せると、予期せぬ損失につながる懸念があります。客観的な実績に裏打ちされた堅実な方法を選び取ることが、資産の安全を守る近道です。

参考資料

原文

小象伝

長子師を帥いるとは、中を以て行えばなり。弟子屍を輿すとは、使うこと当たらざればなり。

古典注釈

周易本義爻辞

「長」は之丈の反。

六五は師を用うるの主なり。柔順にして中を得て、兵端を為さざる者なり。敵が己に加わり已むを得ずしてこれに応ず、故に田に禽あるの象と為す。而してその占は搏執するに利ろしくして咎なきなり。「言」は語辞なり。「長子」は九二なり。「弟子」は三と四なり。また占う者を戒むるに、委任を専らにせよとなり。もし君子をして事に任ぜしめて、また小人をしてこれに参ぜしめば、すなわちこれ屍を輿に乗せて帰らしむるなり。故に貞といえどもまた凶を免れざるなり。

周易本義小象伝

「當」は去声。

伊川易伝爻辞

五は君位にして師を興すの主なり。故に師を興し将に任ずるの道を言う。師の興るは必ず蛮夷が夏を猾乱し、寇賊姦宄が生民の害となりて、懐来すべからざるをもって、然るのちに辞を奉じてこれを誅す。禽獣の田の中に入りて稼穡を侵害するがごとく、義において宜しく猟取すべくんば猟取す。かくのごとくにして動けば乃ち咎なきを得ん。もし軽々しく動きて天下を毒せば、その咎大いなり。「言を執る」とは辞を奉ずるなり。その罪を明らかにしてこれを討つなり。秦の始皇や漢の武帝のごときは、みな山林を窮めてもって禽獣を索むる者なり、田に禽あるにあらざるなり。将に任じ師を授くるの道は、当に長子をもって師を率いるべし。二は下にありて師の主となる、長子なり。もし弟子をもって衆主とせば、為すところ正なりといえどもまた凶なり。弟子とはおよそ長者にあらざる者なり。古より将に任ずること専ならずして覆敗を致せし者は、晋の荀林父の邲の戦いや、唐の郭子儀の相州の敗のごとき是れなり。

伊川易伝小象伝

長子とは二を謂う。中正の徳をもって上に合いて任を受けて以て行く。もし復たその余の者をして衆くその事を主(つかさど)らしめば、これ任使の当たらざるなり、その凶なるは宜しきかな。

周易注爻辞

屍あり、貞なれども凶なり。師の時に処し、柔にして尊位を得たり。陰は先んじて唱えず、柔は物を犯さず、犯されてのちに応ずれば、往けば必ず直を得、故に「田に禽あり」なり。物が先ず己を犯す、故にもって言を執りて咎なかるべきなり。柔は軍帥にあらず、陰は剛武にあらず、故に身ずからは行わず、必ずもって授くるなり。授くるに王を得ざれば衆は従わず、故に「長子帥師」ならば可なり。弟子の凶なるは、故にその宜しきなり。

周易正義爻辞

「六五、田有禽」より「輿屍貞凶」に至る。

正義に曰く、「田有禽、利執言」とは、柔にして尊位を得、陰は先んじて唱えず、柔は物を犯さず、犯されてのちに応ずれば、往けば必ず直を得、故に往けば即ち功あり。田の中に禽ありて来たりて苗を犯すがごとし、もし往きてこれを猟せば咎過なきなり。人の田を修むるは、禽の犯す所にあらず。王者の国を守るは、叛者の乱す所にあらず。禽の苗を犯せば猟取すべし。叛人の国を乱せばこれを誅すべし。これ他の象を仮りて人事を受喩す、故に「利執言、無咎」、己直ならざれば咎あり。己いま直を得る、故にもってこの言を執りて往きてこれを問うて咎なきなり。「長子帥師、弟子輿屍、貞凶」とは、己は柔なれば軍帥たるべからず。己はまた陰にして、身は剛武にあらざれば、みずから親しく行くべからず、故に長子・弟子らの役任を須いるなり。もし長子を役任せば、もって師を帥いるべし。もし弟子を任用せば、軍は必ず破敗して輿屍せん、これ正しと雖も凶なり。荘氏の云う「長子は九二を謂い、徳人に長ず。弟子は六三を謂い、徳物に劣る」と。いま案ずるに、『象』の辞に「長子帥師は中をもって行けばなり」と云うは、これ九二が中に居るなり。「弟子輿屍は使いて当たらざるなり」とは、六三が失位なるを謂うなり。

注の「往けば必ず直を得」に至るまで。

正義に曰く、「往けば必ず直を得」とは、犯さるるを見て乃ち征かんと欲すれば、理において正直なり、故に「往必得直」というなり。

出典