周易本義爻辞
六をもって五に居るもまた正にあらざるなり。然れども文明の主、中におりて剛に応じ、心を虚しくしてもって下の助けを求む。故に貞にして吉、かつ悔いなきを得る。また光輝の盛んあり、信実にして妄ならず、吉にしてまた吉なり。
第5爻
六五:貞にして吉、悔い無し。君子の光、孚有りて吉。
未済の六五は、明晰さを象徴する上卦の中心に位置し、誠実さと高潔な人格によって周囲の信頼を集める徳の高い姿です。私心のない開かれた姿勢を貫くことで、対立を未然に防ぎ、大きな調和と成果を導きます。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 64 未济 — 第5爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/64/5
六五は離火の中正を得た尊位にあり、下卦の九二と正応して柔順かつ明晰な指導力を発揮します。爻辞が「君子の光、孚ありて吉」と説き、小象伝が「その暉吉なり」と称えるように、内面の誠実さが光り輝いて周囲を感化する状態です。之卦の天水訟は、立場が高まるほど公平さと透明性を保たなければ摩擦を生みやすいという戒めを含んでいます。自らの誠意を包み隠さず示し、公明正大に振る舞うことが確固たる吉運を支えます。
リーダーシップや専門的な見識が高く評価され、組織や関係者から厚い信望を集める充実した時期です。伝統的な易の知恵では、権威を振りかざすのではなく、透明性の高い対話と公平な判断を徹底することで、さらに強固な協力体制が築けるとされます。隠し事のない公正な姿勢を貫くことが、潜在的な軋轢を防ぎ、関わる人々全員の士気を高めます。誠実でオープンなリーダーシップを発揮することで、大きな成果が自然と結実します。
互いに疑念や隠し事がなく、温かく明るい信頼関係で結ばれる素晴らしい調和の時期を迎えています。古典の解釈が示すように、素直な心で真摯に向き合う姿勢が相手の心を打ち、より深い絆と安心感を生み出します。家族や周囲の人々からも祝福されやすく、公私ともに穏やかで前向きな関係を維持できるでしょう。飾らない真心と思いやりを大切にすることで、二人の絆はいっそう輝きを増します。
これまで培ってきた高い信用や誠実な取引関係が基盤となり、健全で質の高い実りや機会がもたらされます。易の教えが説く光り輝く徳の通り、不透明な取引や投機的な近道を退け、社会的に評価される公明正大な方法を貫くことが安全です。法令やルールを遵守した透明な金銭管理こそが、長期的な財産保全と信用の拡大につながります。誠実な姿勢と透明なやり方を守ることが、安定した豊かさを引き寄せます。
君子の光とは、其の暉き吉なるなり。
周易本義爻辞
六をもって五に居るもまた正にあらざるなり。然れども文明の主、中におりて剛に応じ、心を虚しくしてもって下の助けを求む。故に貞にして吉、かつ悔いなきを得る。また光輝の盛んあり、信実にして妄ならず、吉にしてまた吉なり。
周易本義小象伝
「暉」とは光の散ずるなり。
伊川易伝爻辞
五は文明の主にして剛に居りて剛に応じ、その処は中を得たり。その心を虚しくして陽これが輔けとなる。柔をもって尊に居るといえども、これに処するに至正至善にして足らざるなきなり。すでに貞正を得るが故に、吉にして悔いなし。貞はそれ固く有つことにして戒めにあらざるなり。これをもって済せば済さざるなきなり。五は文明の主なり、故にその光を称す。君子の徳輝の盛んにして、功の実これに称う、孚あるなり。上に「吉」というは貞なるをもってなり、柔にしてよく貞なれば徳の吉なり。下に「吉」というは功によるなり、すでに光ありて孚あれば、時は済すべし。
伊川易伝小象伝
光盛んなれば暉あり。暉は光の散ずるなり。君子は充ち積み光盛んにして暉あるに至るは、善の至りなり。故に重ねて吉という。
周易注爻辞
柔をもって尊に居り、文明の盛んに処し、未済の主たるが故に、必ず正にしてしかるのちに吉なり、吉にして乃ち悔いなきを得る。それ柔順文明の質をもって尊位に居り、能に付与して自ら役せず、武を文をもって使役し、剛を柔をもって禦ぐ。これ誠に君子の光なり。物に付するに能をもってして疑わざれば、物はその力を竭くして功ここに克たん、故に「孚あり、吉」という。
周易正義爻辞
正義に曰く、「貞吉、悔なし」とは、六五は柔をもって尊に居り、文明の盛んに処し、未済の主となす。故に必ず正にしてしかるのちに吉となり、吉なれば乃ち悔いなきを得る、故に「貞吉、無悔」というなり。「君子の光」とは、柔順文明の質をもって尊位に居り、二に応ず。これよく物に能をもって付して自ら役せず、君子の光華あるなり、故に「君子之光」というなり。「孚あり、吉」とは、物に付するに能をもってして疑いなければ、物はその誠を竭くして功ここに克つ、故に「有孚、吉」というなり。
周易正義小象伝
正義に曰く、「その暉吉なり」とは、君子の徳、光暉著見して、しかるのちに乃ち吉を得るを言うなり。