周易本義爻辞
陰をもって下におり、未済の初めに当たりて、いまだ自ら進むあたわず。故にその象占かくのごとし。
第1爻
初六:其の尾を濡らす、吝。
初六は未済の始まりに位置し、力不足のまま分をわきまえずに前進して尾を濡らしてしまうような、性急な行動への戒めを表しています。実力や環境が整わない段階での見切り発車は後悔を招きやすいため、慎重な自制が求められます。
AIにこのページを聞いてみる
リンクはプロンプトを事前入力するだけで送信しません — 主導権はあなたに。リンクが効かない場合は下のプロンプトをコピーしてください。
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 64 未济 — 第1爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/64/1
坎水の下層にあり、陰柔の身で陽位にいるため、激流を渡りきるだけの力量がまだ備わっていません。伝統的な小象伝では限界を知らずに行動する危うさを戒めており、変卦の睽が示す背反やすれ違いの暗示も含んでいます。自らの力量を正確に認識し、無謀な試みを控えることが賢明です。
新しい環境や未経験の分野に入ったばかりの段階であり、全体の状況や潜む障害を見極めきれていません。手柄を焦って力量を超える責任を引き受けると、初期段階で立ち往生し周囲の失望を招く恐れがあります。まずは分を弁えて基礎を固め、周囲の指示や協力を仰ぐことが信頼の第一歩です。
信頼関係がまだ十分に築かれていない段階で、焦って関係を深めようとしたり性急な約束を求めたりすると、相手に警戒感を抱かせかねません。自身の好意だけで突っ走らず、相手のペースや距離感を尊重する姿勢が不可欠です。自然な関係性の成熟を待つ心の余裕が、無用な気まずさを防ぎます。
知識や経験が浅い状態で、甘い見通しや不確かな情報に乗って大きな行動を起こすのは避けるべき局面です。仕組みを理解しないまま手持ちの資産を投じると、序盤で損失を被り身動きが取れなくなる恐れがあります。まずは手元資金を守り、基本を学ぶ姿勢を徹底することが損失を防ぐ防壁となります。
其の尾を濡らすとは、亦た極を知らざればなり。
周易本義爻辞
陰をもって下におり、未済の初めに当たりて、いまだ自ら進むあたわず。故にその象占かくのごとし。
周易本義小象伝
「極」の字はいまだ詳らかならず。上下の韻を考うるもまた叶わず。あるいは恐らくはこれ「敬」の字ならんか、今しばらくこれを闕く。
伊川易伝爻辞
六は陰柔をもって下にあり、険に処して四に応ず。険に処すればその居に安んぜず、応ずれば志は上に行わる。しかれども己は既に陰柔にして四は中正の才にあらず、これを援けてもって済さしむることあたわず。獣の水を用て渡るや、必ずその尾を揭ぐ。尾濡るればすなわち済ることあたわず。その尾を濡らすとは、済ることあたわざるを言うなり。その才力を度らずして進めば、終に済ることあたわず、羞吝とすべし。
伊川易伝小象伝
その才力を度らずして進み、尾を濡らすに至るは、これ知らざるの極みなり。
周易注爻辞
未済の初めに処し、もっとも険難の下におり、もって済すべからざる者なり。而るにその応ずる所に往かんと欲し、進めば身を溺らす。未済の始めは、既済の上六より始まる。その首を濡らすもなお反らず、その尾を濡らすに至るは、紀極を知らざる者なり。然れども陰をもって下におり、進みて亢りその志を遂ぐるを為す者にあらず。困しめばよく反る、故に凶といわず。事は己を量るにありて、必ず困しみて乃ち反る、頑ななることまた甚だし、故に「吝」というなり。
周易正義爻辞
「初六」より「吝」に至る。
正義に曰く、初六は未済の初めに処し、もっとも険難の下におり、而してその応に上り往かんと欲す。進めばすなわち身を溺らすこと、小狐の川を渡りてその尾を濡らすがごとし。未済の始めは、既済の上六より始まる。既済の上六は、ただ「その首を濡らす」といい、難に入り始め身を没せざるを言う。ここに「その尾を濡らす」というは、進みて極を知らず、すでにその身を没せるなり。然れども陰をもって下におり、進みて亢りその志を遂ぐるを為す者にあらず。困しめばよく反る、故に凶といわず。あらかじめ事の兆しを明らかにすることあたわず、困しみてのち反る、頑ななることまた甚だし、故に「吝」というなり。
注の「紀極を知らず」。
正義に曰く、「紀極を知らず」とは、『春秋左氏伝』に「聚斂積実して、紀極を知らざる、これを饕餮という」とあり、休止なきを言うなり。
周易正義小象伝
正義に曰く、「亦た極を知らざるなり」とは、未済の初めは既済の上六より始まり、首を濡らして知らず、遂にその尾を濡らす、故に「知極」というなり。