East Almanac
日本語

3. 水雷屯 (屯)

第2爻

この爻が動けば に変じる 60. 水泽節 (节)
六二:屯如たり邅如たり、馬に乗りて班如たり。寇するに匪ず、婚媾せんとするなり。女子貞にして字せず、十年にして乃ち字す。

現代解釈

六二は柔順中正でありながら、直下の初九の剛に乗るため進退に迷いが生じやすい位置にあります。伝統的な易解釈では、不当な圧力に屈せず本分を守り抜くことで、やがて正応である九五と結ばれ本来の道へ戻ると説かれます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 3 屯 — 第2爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/3/2

易の占い

陰爻が正位を得て中庸を保つ六二は、すぐ下の陽剛に迫られて「屯如邅如、乗馬班如」と躊躇する苦難に直面します。易学の伝統では、一時的な制約に惑わされず誠実さを保ち続ければ、時を経て本来の応えである九五と通じ合うと捉えられます。要するに、今は外部からの干渉に流されず信念を守り抜くことで、やがて道が拓けていきます。

仕事・キャリア

職場において強引な誘いや意に沿わない方針の押しつけに直面し、板挟みとなって足止めを食らいやすい状況です。組織論の知恵では、目先の便宜や圧力に安易に妥協せず、自身の職責と倫理観に忠実であり続けることが長期的な信頼につながるとされます。要するに、理不尽な要求には毅然と原則を守る姿勢を示せば、最終的に正当な評価を得られます。

恋愛・対人

望まぬアプローチや周囲からの急かされるような圧力に戸惑い、決断をためらう気配があります。易の伝統が示す「女子貞にして字せず」の教えは、妥協して応じるのではなく自らの真心を尊重することの大切さを説いています。要するに、世間の声や強引な誘いに流されず、自分の納得できる相手と時を待つことが幸せへの近道です。

金運

資金の運用や契約において、相手方の強い主導権や不都合な条件に縛られ、身動きが取りにくくなる懸念があります。伝統的な教訓では、主導権を握られたまま不利な条件を呑むことは避け、自立性を保つことが肝要とされます。要するに、無理な投資話や拘束の強い契約は見送り、自身の財務基盤を固めて待機するのが賢明です。

参考資料

原文

小象伝

六二の難は、剛に乗ずればなり。十年にして乃ち字すとは、常に反るなり。

古典注釈

周易本義爻辞

邅は張連の反。乗は繩澄の反、また音は縄。

班は分布して進まざるの貌。字は許嫁なり。礼に曰く、女子許嫁すれば笄して字す、と。六二は陰柔中正、上に応ありて初剛に乗ず。ゆえに難まれる所となりて邅回して進まず。然れども初は寇をなすにあらず、すなわち己と婚媾をなさむと求むるのみ。ただ己は正を守るゆえにこれを許さず。十年に至りて数窮まり理極まれば、すなわち妄求する者は去り、正応合して許すべし。爻にこの象あり、ゆえに因りて占う者を戒むるなり。

伊川易伝爻辞

二は陰柔を以て屯の世に居る。正応上に在りといえども、初剛に逼らるるがゆえに、屯難邅回すること辞の如し。馬に乗るは行かんと欲するなり。正応に従わんと欲してまた班如として進むこと能わず。班は分布の義、馬を下るを班となし馬と所を異にするなり。二は屯の世に当たり、自ら済うこと能わずといえども、中を得て正に居り、上に応ありて義を失わざる者である。然れども初に逼近し、陰はすなわち陽の求むるところ、柔なる者は剛の凌ぐところなり。柔にして屯の時に当たり、もとより自ら済い難く、また剛陽の逼るところとなる。ゆえに難となす。もし寇難に逼られざれば、すなわち往きて婚媾を求めん。婚媾は正応なり。寇は非理にして至る者なり。二は中正を守りて苟も初に合わず、ゆえに字(ゆる)さざるなり。苟も貞固にして易えざれば、十年に至りて屯極まれば必ず通じ、すなわち正応を獲て字育せん。女子の陰柔すら、いやしくもその志節を守る能わば、久しくして必ず通ず。況や君子の道を守りて回らざるをや。初は賢明剛正の人たるに、寇となりて以て人に侵逼するは何ぞや。曰く、これ自ら二の柔を以て剛に近づくを据えて義となすのみ。更に初の徳の如何を計らざるなり。易の義を取ること此の如し。

伊川易伝小象伝

六二は屯の時に居りて、また剛に乗ず。剛陽の逼るところとなるは、これその患難である。十年に至ればすなわち難は久しくして必ず通ず。すなわちその常にかえりて正応と合することを得る。十は数の終極である。

周易注爻辞

志は「五」に在りて、初に従わず。屯難の時、正道いまだ行われず、初と相近づきて相得ず、侵害に困しむ、ゆえに屯邅す。「屯」の時まさに屯難にして、正道いまだ通ぜず、遠きを渉りて行けば、進むこと難かるべし、ゆえに「馬に乗ること班如たり」という。寇とは初をいうなり。「初」の難なかりせば、すなわち「五」と婚せん、ゆえに「寇に匪ず婚媾なり」という。「志は五に在り」て、初に従わず、ゆえに「女子貞にして字せず」という。屯難の世、勢いは十年を過ぎざる者なり。十年なればすなわち常に反り、常に反ればすなわち本志ここに獲ん。ゆえに「十年にして乃ち字す」という。

周易正義爻辞

「六二」より「十年乃字」に至る。

正義にいう、「屯如邅如」とは、屯は屯難、邅は邅回、如は語辞なり。言うこころは六二は九五に応ぜんと欲すれども、初九の己に逼るを畏れてあえて前進せず、ゆえに「屯如邅如」なり。「乗馬班如」とは、『子夏伝』に「班如とは相牽きて進まざるをいう」と。馬季長は「班は班旋して進まざるなり」という。言うこころは二は馬に乗りて往きて五に適かんと欲すれども、正道いまだ通ぜざるがゆえに班旋して進まざるなり。「匪寇婚媾」とは、寇は初をいうなり。言うこころは二は初九の己に寇害をなすことあらざれば、すなわちその五を得て婚媾となす。「女子貞にして字せず」とは、貞は正なり。女子とは六二をいう。女子は貞正を守るを以て、初九の愛を受けず。「字」は愛と訓ず。「十年にして乃ち字す」とは、十年難息みし後、すなわち初は己を害せざるなり。乃ち往きて五に適き、五の字愛を受くるを得る。十とは数の極みなり。数極まればすなわち変ず、ゆえに「十年」というなり。

周易正義小象伝

正義にいう、「六二の難は剛に乗ずればなり」とは、「屯如邅如」たる所以を釈すなり。難を畏るる者あるは、その初剛を乗陵してこれに従うを肯ぜざるを以て、ゆえに難あるなり。「十年にして乃ち字するは常に反ればなり」とは、十年の後、屯難止息し、「常に反る」を得るをいう。常道に反るをいい、すなわち二が五に適くはこれその常を得るなり。これ以前は難ありて常を行なうを得ず、十年難息みて常道に反帰して以て五に適くを得るなり。この爻は六二の象に因りて、女子の婚媾の事を明らかにす。すなわち其の余の人事もまた当にこれに法るべし。あたかも人の強きに逼近し、遠く外応ありといえども、いまだ敢えて苟も進まず、近き者に陵がれ、夕を経たるの後に、乃ち応と相合するを得るがごとし。万事みなこれに象るを知るべし、ただ男女のみにあらざるなり。諸爻の言うところの陰陽・男女の象は、義みなこれに倣う。

一撮金爻辞

六二の二爻、上中:事は遅くして志は速やかに、しかも反復す。直ちに歳寒を待ちて、花落ち果熟す。

出典