East Almanac
日本語

62. 雷山小過 (小过)

第5爻

この爻が動けば に変じる 31. 泽山咸 (咸)
六五:密雲雨ふらず、我が西郊よりす。公弋して彼を穴に在るに取る。

現代解釈

小過の六五は君位にありながら陰柔であり、大風呂敷を広げても実効が上がりにくいため、身近で確実な実利を求めるべき象です。伝統的な解釈では、形式的な権威に頼るのではなく、謙虚に足元の細部へ目を向けることが肝要とされます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 62 小过 — 第5爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/62/5

易の占い

尊位にありながら陽剛の支えが乏しいため、密雲が垂れ込めながらも雨が降らないように、準備ばかりが目立ち成果が伴いにくい状態を表します。伝統的な易学では、遠大な理想を追うのではなく、低い穴の中にいる獲物を確実に捉えるように、身近で具体的な成果に焦点を絞るべきだと解釈されます。大言壮語を控え、手の届く小さな課題から着実に解決していく姿勢が実を結びます。

仕事・キャリア

チームやプロジェクトを率いる立場にあっても、大掛かりな号令や抽象的な方針を掲げるだけでは現場は動きません。古典的なリーダーシップ論では、机上の空論を排して現場の実務に寄り添い、具体的な隘路を一つずつ解消する実践が勧められます。華やかな構想よりも、目の前の小さな業務改善を積み上げることが周囲の実利につながります。

恋愛・対人

関係を発展させようとして将来の壮大な約束ばかりを語っても、日々の実質的な関わりが希薄であれば空虚さが残ります。伝統的な見立てでは、言葉による大きな誓いよりも、目に見える小さな気配りや実行力こそが信頼を育むと説かれます。特別な演出に頼るのではなく、日々の生活の中で相手を気遣う具体的な行動を重ねましょう。

金運

大掛かりな市場の流行や抽象的な儲け話に期待を寄せても、実際の収支として結実しにくい傾向があります。伝統的な財政の教えでは、漠然とした全体景気に頼るより、身近で確実な実利や日々の小さな経費見直しに注力することが推奨されます。実体の見えない大きな話には飛びつかず、確実に手元へ残る小口の成果を着実に守りましょう。

参考資料

原文

小象伝

密雲雨ふらずとは、已に上ればなり。

古典注釈

周易本義爻辞

弋は音餘職反。

陰を以て尊位に居り、また陰過の時に当たり、為す所ある能わずして六二を弋取して以て助けと為す。故に此の象あり。穴に在るは陰物なり。両陰相得ば、其の大事を済う能わざるは知る可し。「已上」とは、太だ高きなり。

伊川易伝爻辞

五は陰柔を以て尊位に居り、過為せんと欲すと雖も豈によく功を成さんや。密雲にして雨を成す能わざるが如し。雨を成す能わざる所以は、西郊よりするが故なり。陰の雨を成す能わざるは風天小畜の卦中に已に解せり。「公弋取彼在穴」とは、弋は射取りてこれを得るなり。射は止だ射るのみ、弋には取るの義あり。穴は山中の空虚なり、内が虚なれば乃ち空なり。穴に在りとは六二を指すなり。五と二とは本より相応に非ざるも、乃ち弋してこれを取る。五は当位なるが故に公と云う、公上を謂うなり。同類相取るはこれを得と雖も、両陰豈に能く大事を済わんや。猶お密雲の雨を成す能わざるがごとし。

象に曰く、「密雲不雨、已上也」と。陽は降り陰は昇り、合すれば則ち和して雨を成す。陰は已に上に在り、雲密なりと雖も豈に雨を成す能わんや。陰過ぎて大を成す能わざるの義なり。

周易注爻辞

小過とは、小なる者が大なる者に過ぐるなり。六は五の位を得、陰の盛んなるなり。故に密雲にして雨ふらず、西郊に至るなり。夫れ雨とは、陰が上に在りて陽がこれに薄まりて通ずるを得ざれば、則ち烝して雨と為る。今艮は下に止まりて交わらず、故に雨ふらざるなり。是の故に小畜は往くを尚びて亨れば則ち雨ふらず、小過は陽が上交せず、亦た雨ふらざるなり。陰は上に盛んなりと雖も、未だ其の施しを行う能わざるなり。公とは臣の極なり、五は極めて陰盛んなり、故に公と称す。弋とは射るなり。穴に在る者とは隠伏の物なり。「小過」とは、過は小さくして難未だ大いには作らず、猶お隠伏に在る者なり。陰質を以て小過を治めば、能く小過を獲る者なり、故に「公弋取彼在穴」と曰う。過を除くの道はこれを取るに在らず、是れ乃ち密雲の未だ雨ふる能わざるなり。

周易正義爻辞

「六五密雲」より「在穴」に至るまで。

正義に曰く、「密雲不雨、自我西郊」とは、小過とは小なる者が大なる者に過ぐるなり。六は五の位を得、是れ小が大に過ぎ、陰の盛んなるなり。陰は上に盛んにして艮はこれを止め、九三の陽は下に止まる、是れ陰陽交わらざるなり。復た至盛にして密雲西郊に至ると雖も、雨を為す能わざるなり。これを人に施せば、是れ柔は過ぐるを得て尊位に処るも、未だ其の恩施を行いて其の風化を広むる能わざるなり、故に「密雲不雨、自我西郊」と曰うなり。「公弋取彼在穴」とは、公とは臣の極なり、五は極めて陰盛んなり、故に公と称す。小過の時は過と為すこと猶お小さくして難未だ大いには作らず、猶お隠伏に在り。小過の才を以て小過の失を治めば、能く小過の隠伏に在る者を獲ること、公の弋猟して穴に在る隠伏の獣を取得するが如きあり。故に「公弋取彼在穴」と曰うなり。

注の「除過」より「能雨也」に至るまで。

正義に曰く、「除過」より「能雨也」とは、雨とは以て徳の恵化に譬うるなり。過差を除くの道は文徳に在り、これを懐けしめて自ずから服せしむ。弋してこれを取るは是れ威武を尚ぶなり。威武を尚ぶは即ち「密雲不雨」の義なり。正義に曰く、「已上」とは、「密雲不雨」たる所以を釈す。艮の陽爻を以て、已に一卦の上に上りて止を成す、故に上交して雨と為らざるなり。

一撮金爻辞

六五の五爻は上上:空空空、空裏に成功を得。蟠桃は千年熟す、五更の風を恐れず。

出典