East Almanac
日本語

31. 泽山咸 (咸)

卦辞

咸:亨る。貞に利ろし。女を取るに吉なり。

現代解釈

咸卦は山の上に沢が広がり、下で静止する艮と上で喜んで受け入れる兌が引き合う、純粋で誠実な心の感応を象徴しています。伝統的な易学では、私心を空にして万物を虚心に受け入れ、正しさを守ることで大いなる調和と実りがもたらされると説かれます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 31 咸 — 卦辞.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/31/0

八字命式

八字・五行の象意から見ると、下卦の艮土が上卦の兌金を滋養する土生金の流れをなし、内面の落ち着きと外面の和やかさが無理なく調和しています。命式にこうした通気・感応の気配が巡る場合、他者の感情を敏感に察知し、良縁を自然と引き寄せる資質を表します。端的に言えば、謙虚で穏やかな姿勢を保つことで、周囲からの自然な後押しと信頼が集まりやすくなります。

西洋占星術

西洋占星術の観点からは、金星、土星、水星が調和的な座相を結び、内面の規律と対外的な魅力が美しく結びついた状態に重なります。伝統的な解釈において、この配置は内省的な思慮深さが外的な信頼関係へと着実に浸透していく好循環を示唆します。要するに、温かみのある誠実な対話を重ねることで、周囲との絆を静かに深めることができます。

易の占い

卦辞の「亨・利貞・取女吉」は、虚心坦懐に外界を受け止め、正道を貫くことで道が自ずと開かれる理を示しています。大象伝の「山上に沢あり、君子もって虚をもって人を受く」が教える通り、作為を捨てて真摯に耳を傾ける姿勢こそが感応の本質です。わかりやすく言えば、心を平らかにして相手を受け入れることが、すべての物事を円滑に進める礎となります。

仕事・キャリア

職場環境やチームでの協働において、互いの強みを認め合い無理なく歩調が揃う実り多い局面を迎えています。艮の着実な基礎力と兌の柔軟な対話力が組み合わさるため、力任せの説得ではなく誠実な合意形成が大きな成果を生み出します。端的に言えば、仲間の意見を丁寧に受け止め誠意を尽くすことで、仕事の連携が自然と形になっていきます。

金運

金銭面では、独断的な拡大よりも信頼できるパートナーとの協力や情報交換を通じて、緩やかに実利を育むのに適した時期です。山沢通気の象が示すように、一方的な利益の追求を避け、双方が潤う健全な関係を築くことが長期的な財運の安定につながります。要するに、相手にも十分な利益を行き渡らせる配慮が、結果として自らの財政基盤を確かなものにします。

恋愛・対人

恋愛運は極めて好調であり、少男と少女が心を通わせ合う陰陽の正配として、深く純粋な心の共鳴が期待できる卦象です。打算や駆け引きを手放し、相手の感情に素直に耳を傾けることで、無理のない確かな信頼関係が育まれます。わかりやすく言えば、飾らない素直な想いを伝え相手を尊重することが、確かな絆を結ぶ一番の近道です。

健康

健康面では、精神的な感受性と内臓の働きのバランスを整えることが大切とされる時期です。五行では艮土が脾胃、兌金が呼吸器を司り、土金相生の循環を促すために深呼吸や穏やかな食生活が推奨されます。端的に言えば、物事を考え込みすぎず深呼吸や休息を取り入れることで、心身の健やかな調和を保てます。

自己成長

自己成長においては、固定観念や個人的なプライドをいったん手放し、他者の長所や新たな知見を柔軟に取り入れる姿勢が求められます。「虚をもって人を受く」という教えの通り、心の器を空けておくことで初めて本質的な智慧が流れ込みます。要するに、素直な心で他者から学ぶ謙虚さを持つことで、自身の視野が一段と大きく広がります。

相性

相性や共同作業における親和性は非常に高く、一方が慎重に支え、もう一方が場を和ませるという見事な補完関係が成り立ちます。互いの考えを言葉にしなくても直感的に汲み取り合えるため、余計な摩擦を生むことなく歩調を合わせられます。端的に言えば、お互いを自然に尊重し合える理想的なパートナーシップを築くことができます。

運の流れ

全体的な運気は、人脈の広がりと好意的な共感が自然に循環する上昇サイクルに入っています。伝統的な周期理論では、無理な背伸びをせず誠実な正道を守りながら流れに乗ることで、万事に吉を得られると説かれます。要するに、誠実な人付き合いを大切にしていくことで、良縁と協力者に恵まれる好調期です。

年運

年運として咸卦が現れる年は、心を通わせ合える友人や頼もしい協力者との出会いが多く、対人関係全般が温かく潤います。ただし、情に流されて公私のけじめを失わないよう、基本となる誠実さと筋を通す姿勢を忘れずにいることが肝要です。わかりやすく言えば、人の輪を大切にし正しい筋道を守って行動すれば、多くの助けを得て実り多い一年となります。

姓名判断

姓名学的な視点では、安定感のある落ち着きと、他者に好感を与える柔軟な響きを併せ持つ構成がこの気の流れによく馴染みます。文字の持つ意味が穏やかで響きが滑らかな名前は、初対面でも相手の警戒を解き、自然と周囲に親しまれる徳を高めます。端的に言えば、穏やかで調和のとれた印象を大切にすることが、良縁を引き寄せる鍵となります。

吉日選択

日取りの選定においては、陰陽が和合し土金が相生する穏やかな吉日、特に対談、契約、慶事、親睦を深める集まりに適した時辰が推奨されます。対立や衝突を暗示する過酷な干支を避け、気が調和して落ち着きをもたらす日を選ぶことが伝統的に重んじられます。要するに、和やかで落ち着いた気配の日を選ぶことで、対話や交渉が円滑にまとまりやすくなります。

風水

風水環境では、風通しと採光を確保し、気が滞りなく交流できるリビングや応接スペースを整えることが開運の基本です。家の北東側(艮位)を清潔で重厚に保ち、西側(兌位)に清らかな水や潤いのある装飾を配置することで、家庭内の和合が促されます。端的に言えば、共有スペースをすっきりと心地よく整えることで、家族や来客との関係が温かく深まります。

参考資料

原文

彖伝

咸は感なり。柔上りて剛下り、二気感応して以て相与にし、止まりて説び、男、女に下る。ここを以て亨り貞に利ろしく、女を取るに吉なるなり。天地感じて万物化生し、聖人心を感じて天下和平なり。その感ずる所を観て、天地万物の情見つべし。

大象伝

山の上に沢あるは咸なり。君子以て虚しくして人を受く。

古典注釈

周易本義卦辞

取は七具の反である。咸は交感である。兌の柔が上にあり、艮の剛が下にあって互いに感応し合っている。また、艮が止まることは感応が専一であることを意味し、兌が説(よろこ)ぶことは応じることが至極であることを意味する。さらに艮の少男が兌の少女の下にあり、男が女に先立つことは、男女の正しきを得て婚姻の時である。それゆえその卦を泽山咸とする。その占いは「亨りて貞に利し、女を取るに吉なり」である。けだし感ずれば必ず通じる理があるが、正しさ(貞)をもってしなければその亨通を失い、為すところはすべて凶となるのである。卦の名義を釈す。

周易本義彖伝

説は音は悦である。男下の下は遐嫁の反である。卦体・卦徳・卦象をもって卦辞を釈している。あるいは卦変をもって「柔上りて剛下る」の義を説く者は、「泽山咸は火山旅より来たり、柔が上りて六に居り、剛が下りて五に居る」と言うが、これもまた通じる。感通の理を極言している。

周易本義大象伝

山の上に沢があるのは、虚なるをもって通じるからである。

伊川易伝卦辞

咸の序卦に「天地ありてしかるのちに万物あり、万物ありてしかるのちに男女あり、男女ありてしかるのちに夫婦あり、夫婦ありてしかるのちに父子あり、父子ありてしかるのちに君臣あり、君臣ありてしかるのちに上下あり、上下ありてしかるのちに礼義措(お)く所あり」とある。天地は万物の本であり、夫婦は人倫の始めである。それゆえ上経は乾為天・坤為地をもって首とし、下経は泽山咸をもって首として、雷风恒をもってこれに継ぐのである。天地は二つの物であるゆえに二卦に分かれて天地の道となり、男女は交合して夫婦を成すゆえに泽山咸と雷风恒はともに二体が合して夫婦の義となる。咸は感ずることであり説(よろこ)びを主とし、恒は常であり正を本とする。而して説びの道はおのずから正を有し、正の道にはもとより説びがある。巽(したが)いて動けば剛柔みな応じるのは説びである。泽山咸の卦たるや、兌が上に艮が下にあり、少女と少男である。男女が相感ずることの深さは少(わか)き者に及ぶものはない。ゆえに二少をもって咸とするのである。艮の体は篤実であり、止まることは誠慤の義である。男の志は篤実にして以て女に下交し、女の心は説びて上に感応する。男が感ずることの先立ちであり、男が誠をもって先んじて感ずれば、女は説びて応じるのである。

咸は感ずることである。「感」と言わないのは、咸には「みな」の義があり、男女が互いに相感ずるからである。物の相感ずることは男女に及ぶものはなく、若き者はさらに甚だしい。およそ君臣・上下から万物に至るまで、みな相感ずるの道がある。物が相感ずれば亨通の理がある。君臣がよく相感ずれば君臣の道は通じ、上下がよく相感ずれば上下の志は通じ、父子・夫婦・親戚・朋友に至るまで、みな情意相感ずれば和順にして亨通する。事物みなしかり。ゆえに咸には亨の理がある。「利貞」とは、相感ずるの道は正にあることが利である。正をもってしなければ悪に陥る。夫婦の淫姣なるがごとき、君臣の媚びへつらうがごとき、上下の邪僻なるがごときは、みな正をもって相感ぜざるものである。「女を取るに吉」とは、卦才をもって言ったものである。卦には柔が上り剛が下る二気の感応相与(あいとも)にし、止まりて説び、男が女に下る義がある。この義をもって女を取らば、正を得て吉である。

彖に曰く、咸は感なり。

伊川易伝彖伝

説びて男が女に下る、ここをもって亨りて貞に利し、女を取るに吉なり。

咸の義は感である。卦においては柔爻が上りて剛爻が下り、柔が上りて剛を変じて兌を成し、剛が下りて柔を変じて艮を成す。陰陽相交わるは男女交感の義である。また兌女が上に在り艮男が下に居るのもまた柔上り剛下るなり。陰陽の二気が相感じ相応じて和合する、これ相与にするなり。止まりて説び、説ぶに止まるは堅慤の意である。艮が下に止まるは篤誠にして相下るなり。兌が上に在るは和説にして相応ずるなり。男をもって女に下るは和の至りである。相感ずるの道はこのごとし。ここをもって能く亨通して正を得、女を取ることかくの如くなれば吉なり。卦才はこのごとし。大体において感の道は正に利がある。

天地感応して万物化生し、聖人人心を感応して天下和平なり。その感ずるところを観て、天地万物の情見るべし。すでに男女相感ずるの義を述べ、また感応の道を推し極めて天地の理を尽くし、聖人の用を明らかにする。天地の二気交感して万物を化生し、聖人は至誠をもって億兆の心を感応させ、天下は和平となる。天下の心の和平なる所以は、聖人がこれを感応させるによる。天地の交感して万物を化生する理と、聖人の人心を感応して和平を致す道とを観れば、天地万物の情は見ることができる。感通の理は、道を知る者が黙してこれを観るべきである。

象に曰く、山の上に沢あるは咸なり。君子もって虚にして人を受く。沢の性は下を潤し、土の性は潤いを受く。沢が山の上に在って、その潤いが次第に通じ徹するのは、この二物の気が相感通するからである。君子は山沢通気の象を観て、その心を虚(むな)しくして以て人を受け容れる。それ人の心は中が虚なれば能く受け、実なれば入ることができない。中を虚にするとは「無我」である。中に私主がなければ、感じて通じざるものはない。度量をもってこれを容れ、合するを選んでこれを受くるは、聖人の「感あれば必ず通ず」の道ではない。

周易注彖伝

ここをもって亨るのである。ゆえに「貞に利し」である。「女を取るに吉」である。二気相与にして、すなわち「化生」するのである。天地万物の情は、感ずるところに見える。およそ感ずるの道たるや、非類(異なる類)を感ずることはできない。それゆえ女を取るを引いて同類の義を明らかにしたのである。同類でありながら相感応しないのは、おのおのがその処る所を高く誇るからである。ゆえに女は男に応じる物であるとはいえ、必ずこれに下ってのちに女を取れば吉となるのである。

周易注大象伝

虚をもって人を受け容れれば、物はすなわち感応する。

周易正義卦辞

「咸亨」から「女を取るに吉なり」まで。

正義に曰く、先儒は『易』の旧題をもって、ここより上の三十卦を分かって『上経』とし、以下の三十四卦を『下経』とし、『序卦』はここに至ってまた別に端緒を起こすとした。先儒はみな『上経』は天道を明らかにし、『下経』は人事を明らかにするとしたが、韓康伯の『序卦』への注はこの義を破っている。「そもそも『易』は六画にして卦を成し、三才必ず備わり、天人を錯綜して変化を模倣するものである。どうして天道と人事が上下に偏ることがあろうか!」と。考えるに、『上経』の内にも飲食あれば必ず訴訟あり、訴訟あれば必ず衆起るを明らかにしており、これは人事をも兼ねて天道に専らではない。すでに天道に専らでなければ、下経もまた人事に専らではないこと、理はまことに然りである。ただ孔子の『序卦』は咸をもって離に係けていない。『繋辞』に「二篇の策」というは、六十四卦が古くから上下に分かれていたことであり、乾為天・坤為地は天地を象徴し、泽山咸・雷风恒は夫婦を明らかにしている。乾坤は造化の本であり、夫婦は実に人倫の原である。それによって擬するに、何の不可があろうか。天地は各卦であり、夫婦が共卦であることについて、周氏は「天地の道を尊び、人事を略したものであり、三才において天地が二であり、人がただ一であるようなものである」と言う。これは必ずしも正しくない。ひそかに思うに、乾・坤は天地の初めて開闢することを明らかにし、屯に至って剛柔初めて交わる。ゆえに純陽をもって天を象り、純陰をもって地を象り、泽山咸をもって人事を明らかにしたのである。人物すでに生ずれば、ともに相感応する。もし二気交わらなければ、相感ずるを成さない。自然に天地は各一となり、夫婦は卦を共にする。これは言わずとも知るべきことであり、どうして妄りに異端をなすべきであろうか。「咸亨利貞取女吉」とは、「咸」は感である。この卦は人倫の始め、夫婦の義を明らかにし、必ず男女ともに相感応して、まさに夫婦を成す。すでに相感応すれば、すなわち亨通を得る。もし邪道をもって相通ずれば、凶害がこれに及ぶ。ゆえに利は貞正にある。すでに感通して正しければ、すなわち婚媾の善である。ゆえに「咸は亨りて貞に利し、女を取るに吉なり」というのである。

周易正義彖伝

正義に曰く、「柔上りて剛下り、二気感応してもって相与にす」とは、これは上下の二体によって「咸亨」の義を釈したものである。艮は剛にして兌は柔であり、もし剛がおのずから上に在り、柔がおのずから下に在れば、相交感せず通ずる由がない。今、兌の柔が上に在りて艮の剛が下に在るは、これ二気感応して相授与するものであり、ゆえに「咸亨」とするのである。正義に曰く、これは二卦の義によって「利貞」を釈したものである。艮は止まることであり、兌は説ぶことである。よく自ら静止すれば動欲に従わず、上に行きて説べば邪諂とならない。その正しきを失わないから、「利貞」なのである。

正義に曰く、これは二卦の象によって「女を取るに吉なり」の義を釈したものである。艮は少男にして下に居り、兌は少女にして上に処す。これ男が女に下ることである。婚姻の義は、男が先に女を求め、親迎の礼では御輪三周し、みな男が先に女に下り、しかるのちに女が男に応ずる。これが女を取るに吉を得る所以である。「ここをもって」から「化生す」まで。

正義に曰く、「ここをもって亨りて貞に利し、女を取るに吉なり」とは、順次に釈し終えて、総じて繇辞を挙げてこれを結んだものである。「天地感応して万物化生す」とは、以下に広く感の義を明らかにしたものである。天地の二気は、もし感応相与にしなければ、万物がそれに応じて化生する由がない。「聖人」から「見るべし」まで。

正義に曰く、「聖人人心を感応して天下和平なり」とは、聖人が教えを設けて人心を感動させ、悪を変じて善に従わせ、しかるのちに天下が和平となることである。「その感ずるところを観て天地万物の情見るべし」とは、咸の道の広大なるを歎美して結んだものであり、大にしては天地を包み、小にしては万物を包括する。物に感じて動く、これを情という。天地万物はみな気類をもってともに相感応する。ゆえに「その感ずるところを観て、天地万物の情見るべし」というのである。

周易正義大象伝

「《象》に曰く」から「人を受く」まで。

正義に曰く、「山の上に沢あるは咸なり」とは、沢の性は下流し、よく下を潤すことができる。山の体は上承し、よくその潤いを受けることができる。山をもって沢を感ずる、ゆえに「咸」とするのである。「君子もって虚にして人を受く」とは、君子はこの泽山咸の卦の下山上沢に法り、ゆえによくその懐を空虚にして、自ら実ありとせず、物に受納して遺棄するところがない。これをもって人を感ぜしめれば、みな応じないものはないのである。

出典