East Almanac
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22. 山火賁 (贲)

第6爻

この爻が動けば に変じる 36. 地火明夷 (明夷)
上九:白賁、咎なし。

現代解釈

山火賁の上九は装飾の極みに達し、華美な飾りを脱ぎ捨てて素朴な本質へ立ち返る「白賁(はくひ)」の境地を表します。伝統的な解釈では、外見の虚飾を超越して無垢な純粋さに至ることで咎なしとされる最高の到達点と見なされます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 22 贲 — 第6爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/22/6

易の占い

最上位に位置する上九は、下の離火による華麗な色彩を通り抜け、艮山の静止とともに余計な装飾を削ぎ落とした素白の境地を示しています。小象伝が「上、志を得るなり」と説くように、形式にとらわれず内面の本質を全うすることで過ちから解き放たれます。端的に言えば、外側の飾り立てを手放し、ありのままの真価を発揮することが調和を生む鍵となります。

仕事・キャリア

実務面では、過度なプレゼンテーションや外面的なアピールよりも、実質的な成果物や本質的なスキルが問われる局面を迎えています。装飾的な報告や複雑な手続きを簡素化し、核心となる提供価値に注力することが周囲の信頼につながります。端的に言えば、見栄えを整える段階を終え、確かな実力と簡潔な仕事ぶりで勝負する時です。

恋愛・対人

対人・恋愛関係においては、駆け引きや過度な気遣いを経て、飾らない素顔で向き合える穏やかな段階に入っています。互いの欠点や不完全さも含めて自然体で受け入れ合うことで、深みのある信頼関係が育まれます。端的に言えば、無理に良く見せようとせず、ありのままの心で接することが絆をより強固にします。

金運

財政面では、見栄や体裁のための消費を見直し、資産構造をシンプルかつ透明に整理することが適した時期です。複雑な投資話や過剰な拡大を追うのではなく、手元の流動性や本質的な健全性を維持することが安心につながるとされます。端的に言えば、無駄な支出を削ぎ落とし、身の丈に合った堅実な管理を徹底することが吉となります。

参考資料

原文

小象伝

白賁にして咎なしとは、上、志を得るなり。

古典注釈

周易本義爻辞

賁が極まりて本に返り、無色に復す。善く過ちを補う者である。ゆえにその象と占いはこのようである。

伊川易伝爻辞

上九は賁の極みである。賁飾が極まれば華偽に失する。ただよくその賁を質白にするならば過失の咎はない。白は素である。質素を尚べばその本真を失わない。いわゆる質素を尚ぶとは飾りがないのではなく、華によって実を没せしめないことである。

伊川易伝小象伝

白賁にして咎なきは、その上に在りて志を得るによる。上九が志を得る者たるは、上に在りて柔を文にし賁の功を成し、六五の君もまたその賁を受くるゆえに、無位の地に居るといえども実に賁の功を司りて志を得る者となるからである。他の卦の極に居る者とは異なる。すでに上に在りて志を得、賁の極みに処すれば、まさに華偽失実の咎あらんとする。ゆえに質素なれば咎なしと戒める。飾りは過ぐべからざるなり。

周易注爻辞

飾りの終わりに処し、飾りが終われば素に反る。ゆえにその質素に在り、文飾を労せずして「咎なし」である。白をもって飾りとなして憂患なきは、志を得る者である。

周易正義爻辞

正義に曰く、「白賁咎なし」とは、「飾りの終わりに処し」、飾りが終わればすなわち素に反る。ゆえにその質素に在りて文飾を労せず、ゆえに「白賁咎なし」というのである。志を守り真に任せ、その本性を得る。ゆえに『象伝』に「上志を得るなり」という。上に居りて志を得ることをいうのである。

一撮金爻辞

上九・六爻【上上】:明月重ねて円かに、顔色は欣然たり。風雲相送り、和合萬年。

出典