周易本義爻辞
六は陰、三は陽なり。内に章美を含み、貞にして以て守るべし。然れども下の上に居り、終には含蔵せず。ゆえにあるいは時に出でて上の事に従えば、則ち始めは成るなきも後には必ず終りあり。爻にこの象あり、ゆえに占う者を戒む。この徳あらば則ちかくのごとく占うべし。
第3爻
六三。章を含みて貞にすべし。あるいは王事に従いて、成すなくして終りあり。
六三は下卦の頂点にあって才知を内に秘め、功を誇らず上位を補佐して全うする慎み深さを示しています。出過ぎず謙譲の徳を保つことで、困難な局面でも立場を守り抜くことができます。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 2 坤 — 第3爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/2/3
陽位に陰爻が配されるこの位置は、才能を持ちながらも軽率に表へ出さず時機を待つべき状況を表しています。変卦の謙(地山謙)が示すように、古典的解釈では自らの功績を独占せず大局を支える黒子に徹する姿勢が吉を呼ぶとされています。能力を内に蓄え全体の調和を優先することが、着実な成果と安全を保ちます。
組織においては自らの手柄を過度にアピールするよりも、チームやリーダーを支える堅実な役割に徹するのが得策です。実務で高い成果を出しながらも出過ぎた主張を控えることで、不要な摩擦や嫉妬を避け確固たる地盤を築けます。控えめながら欠かせない貢献を続けることが、結果として高い評価を生みます。
自分の主張や自我を押し通すのではなく、相手への配慮と一歩引いた気配りを心がけることで和やかな調和が保たれます。感情の起伏を抑えて相手の立場を尊重する姿勢が、相互の信頼関係を穏やかに成熟させます。柔らかな受容と謙虚な態度が、関係の安定を深めます。
資産の管理では目立つ行動や性急な利益追求を避け、手堅い守備と現状維持を優先するのが賢明です。主導権を握る派手な投資よりも、堅実な共同事業の支援や手堅い貯蓄に注力する方がリスクを抑えられます。控えめで手堅い金銭感覚を保つことが、資産の安全を守ります。
章を含みて貞にすべしとは、時をもって発するなり。あるいは王事に従うとは、知の光大なるなり。
周易本義爻辞
六は陰、三は陽なり。内に章美を含み、貞にして以て守るべし。然れども下の上に居り、終には含蔵せず。ゆえにあるいは時に出でて上の事に従えば、則ち始めは成るなきも後には必ず終りあり。爻にこの象あり、ゆえに占う者を戒む。この徳あらば則ちかくのごとく占うべし。
周易本義小象伝
知は音を智とす。
伊川易伝爻辞
三は下の上に居りて位を得る者なり。臣たるの道はまさにその章美を含晦すべし。善あれば則ちこれを君に帰す、乃ち常にして正を得るべし。上は忌悪の心なく、下は柔順の道を得るなり。「可貞」とは貞固にしてこれを守るべく、また以て常久にして悔咎なかるべきを謂うなり。「あるいは上の事に従う」とは、あえてその成功に当たらず、ただ奉事して以てその終りを守るのみ。職を守りて以てその事を終うるは臣の道なり。
伊川易伝小象伝
夫子は人の文を守りて義に達せざらんことを懼れ、また従ってこれを明らかにす。臣となり下に処するの道は当にその功善を有すべからず、必ずその美を含晦して乃ち正にして常なるべしと。然れども義の当になすべき所の者は、則ち時をもって発しその功を有せざるのみ。その宜しきを失わざるは乃ち時をもってするなり。含蔵して終になさざるにあらざるなり。含みてなさざるは忠を尽くさざる者なり。
象はただ上句を挙げて義を解くも、則ち下文にも及ぶ、他卦も皆然り。あるいは王事に従いてよく成るなく終りある者は、これその知の光大なるなり。ただその知の光大なるがゆえによく含晦す。浅暗の人は善あればただ人の知らざらんことを恐る、あによく章を含むべけんや。
周易注爻辞
三は下卦の極に処し、陽に疑われず、この義に応ずる者なり。事の始をなさず、唱を待ちて乃ち応じ、命を待ちて乃ち発す。美を含みて正とすべし、ゆえに「章を含みて貞にすべし」と曰う。事あれば則ち従い、あえて首とならず、ゆえに「あるいは王事に従う」と曰う。事の主とならず、命に順いて終う、ゆえに「成るなくして終りあり」と曰う。
周易注小象伝
知慮光大なり、ゆえにその美を擅(ほしいまま)にせず。
周易正義爻辞
「六三」より「無成有終」に至る。
正義に曰く、「含章可貞」とは、六三は下卦の極に処して能く陽に疑われざるなり。章は美なり。すでに陰の極に居り、能く自ら降退して事の始めをなさず、ただ内に章美の道を含み、命を待ちて乃ち行い、以て正を得べし。ゆえに「章を含みて貞にすべし」と曰う。「或従王事、無成有終」とは、六三は臣としてあるいは王事に従順するを言う。ゆえにあえて事の首とならず、主となりて物を成さず、ゆえに「成るなし」と云う。ただ上唱えて下和し、奉行してその終りをなす、ゆえに「終りあり」と云う。
注「三処下卦之極」。
正義に曰く、「三処下卦之極」とは、三は陰爻なりといえどもその位尊きを見んと欲するなり。「不疑於陽」とは、陰の尊極はまさに陽と敵対すべく、体は必ず陽の忌む所となる。今、陽に疑われずとは、陽害せざるを言う。「応斯義」とは、斯は此なり、もしこの義に応ずるならば、ただ「含章可貞」已下の事を行うときは乃ちこの義に応ず。この爻は全き人事を以てこれを明らむるなり。
周易正義小象伝
「《象》に曰く」より「知光大也」に至る。
正義に曰く、「含章可貞、以時発」とは、夫子「含章」の義を釈くに、身は陰の極に居りあえて物の首とならず、ただ内に章美の道を含み、時を待ちて発す、これ「時をもって発するなり」。「或従王事、知光大」とは、「成るなく終りあり」を釈くなり。すでに王事に従い、あえて主となりて物を成す始めとならず、ただ終りを奉じて行うは、これ知慮光大にして、自らその美を擅にせず、ただ上を奉ずるのみなるなり。