East Almanac
日本語

12. 天地否 (否)

第5爻

この爻が動けば に変じる 35. 火地晉 (晋)
九五:否を休む、大人吉なり。其れ亡びん其れ亡びんと、包桑に繋ぐ。

現代解釈

天地否の九五は、閉塞を完全に終息させて大いなる好転をもたらす首尾一貫したリーダーシップを表します。成功の中にあっても「滅びんや」と常に危機感を抱き、桑の根のように盤石な備えを固めることが繁栄を維持する要となります。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 12 否 — 第5爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/12/5

易の占い

九五は尊位にあって中正を得ており、伝統的に「休否、大人吉」として停滞を打破する吉祥とされますが、同時に「其亡其亡、繋于包桑」と戒め、危機管理の徹底を促しています。火地晋へと変化する流れは明るい前進を象徴しつつも、基礎固めを怠れば再び足元をすくわれかねません。総じて、運気の好転に慢心することなく、周到な備えと謙虚さを保ち続けることが永続的な成果をもたらします。

仕事・キャリア

これまで滞っていた業務や組織改革が一気に進展し、高い指導力と的確な判断力が周囲から絶大な信頼を集める時期です。小象伝が「位正しく当たるなり」と称えるように、正当な権限を行使して大局を整える絶好の好機ですが、油断から生じる細部の綻びには警戒を怠ってはなりません。手に入れた成果に甘んじることなく、万一のリスクに備えた体制づくりを同時に進めることが盤石な成功につながります。

恋愛・対人

長期の不和や距離感が劇的に解消され、互いの大切さと深い結びつきを再確認できる充実した展開を迎えます。六二との正応が示す通り、本質的な信頼が回復しますが、安定した関係にあぐらをかかない繊細な心配りが欠かせません。平穏な日常に感謝し、初心を忘れずに相手を思いやる行動を積み重ねることが愛をより深めます。

金運

停滞していた財務状況が好転し、これまでの努力が実を結んで安定した収益基盤が整い始める兆候です。しかし、伝統の戒めにあるように、好況期こそ余剰資金を確保し、急な環境変化に耐えうる強固な防壁を築くことが不可欠です。気が大きくなって無謀な拡大に走るのを控え、守りを固めながら手堅く資産を守り育てることが賢明です。

参考資料

原文

小象伝

大人の吉とは、位正しく当たるなり。

古典注釈

周易本義爻辞

苞は包と同じ、古易では包に作る。陽剛中正をもって尊位に居り、時の否をよく休むるは大人の事である。ゆえにこの爻の占い、大人これに逢えば吉である。然れどもまたまさに係辞伝の云うがごとく戒惧すべし。

伊川易伝爻辞

苞桑。

五は陽剛中正の徳をもって尊位に居り、ゆえによく天下の否を休息せしむるは大人の吉である。大人位に当たり、その道をもって天下の否を休息せしめ、もって泰に馴致せしむるといえども、なお未だ否を離れざるなり。ゆえに「その亡びん」の戒めあり。否すでに休息し漸くまさに泰に反らんとすれども、にわかに安肆たるべからず。まさに深慮遠戒し、常に否の復た来たらんことを虞れて、「それ亡びんそれ亡びん、これを苞桑に繋ぐ」と言うべし。安固をなす道は苞桑に維ぎ繋ぐがごとしと言う。桑の物たるやその根深く固く、苞とは叢生せる者を言い、その固きこと尤も甚だし。聖人の戒め深きかな。漢の王允、唐の李徳裕はこの戒めを知らず、禍敗を招くゆえんとなった。係辞に曰く、「危うき者はその位を安んずる者なり。亡ぶる者はその存を保つ者なり。乱るる者はその治を有つ者なり。ここをもって君子は安くして危うきを忘れず、存して亡ぶるを忘れず、治まりて乱るるを忘れず。ここをもって身安くして国家保つべきなり」と。

伊川易伝小象伝

大人の徳ありて至尊の正位を得るがゆえに、よく天下の否を休むることができ、ここをもって吉である。その位なければその道ありといえども何をかなさん。ゆえに聖人の位を大宝と言う。

周易注爻辞

尊に居り位を得、よく否道を休むる者である。否を小人に施すは、否の休なり。ただ大人にして然る後に能くす。ゆえに「大人吉」と言う。君子の道消ずる時に処し、己尊位に居るに、いかで安んずべけんや。ゆえに心にまさに危うからんとすることを存して、すなわち固きを得るのである。

周易正義爻辞

「九五休否」から「系于苞桑」まで。

正義に曰く、「休否」とは、休は美なり。否塞の時においてよく休美の事を行い、この否閉の道を施して小人を遏絶する能うを言えば、これすなわち「否」の休美なる者である。ゆえに「休否」と言う。「大人吉」とは、ただ大人にしてのみよくかくのごとくして吉を得る。もし凡人なれば能わず。「其亡其亡系于苞桑」とは、道消ずる世において尊位に居り小人を遏むれば必ず危難に近づく。すべからく常に自らその意を戒慎し、常にその危亡を懼るべし。丁寧戒慎することかくのごとしと言う。「系于苞桑」とは、苞は本なり。凡そ物は桑の苞本に繋ぐときは牢固なり。もしよく「それ亡びんそれ亡びん」と自ら戒慎すれば、苞桑に繋ぐの固きありて傾危なし。

注の「心存将危」。

正義に曰く、「心にまさに危うからんとするを存す」とは、「其亡其亡」の義を解している。身は安静なりといえども心意は常に危難のあらんとするを存し、ただ「それ亡びんそれ亡びん」と念ずればすなわち固きを得るは、すなわち「苞桑に繋ぐ」なり。必ず「苞桑」と言うは韻に会するの義を取る。また桑の物たるやその根多し。多ければ牢固の義なり。

周易正義小象伝

正義に曰く、「大人吉」の義を釈している。九五が尊に居り位を得るは、まさに小人を遏絶してその吉を得るべきゆえんであることを言っている。

一撮金爻辞

九五・五爻(下下):身安からず、心安からず。動静両三番、終には期して事必ず歓ばん。

出典