周易本義爻辞
先は西薦の反、後は胡豆の反。
九五は剛健中正にして巽体に居る、故に悔い有り。貞にして吉なるを以ての故に、その悔いを亡いて利ろしからざる無きを得る。悔い有るはこれ初め無きなり、これを亡うはこれ終り有るなり。庚は更なり、事の変なり。庚に先だつこと三日は丁なり、庚に後るること三日は癸なり。丁はその変の前に丁寧にする所以なり、癸はその変の後に揆度する所以なり。変更する所ありてこの占を得る者は、かくのごとなれば則ち吉なり。
第5爻
九五。貞にして吉、悔い亡ぶ。利ろしからざるなし。初めなくして終わりあり。庚に先立つこと三日、庚に後るること三日、吉なり。
九五は尊位にあって中正を保ち、慎重な事前計画と事後の丁寧な検証によって改革を成功へ導く状態を示します。初めは手探りであっても、手順を踏んで整然と推進することで悔いは消え、大いなる吉を得られます。
AIにこのページを聞いてみる
リンクはプロンプトを事前入力するだけで送信しません — 主導権はあなたに。リンクが効かない場合は下のプロンプトをコピーしてください。
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 57 巽 — 第5爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/57/5
易学の伝統では「先庚三日、後庚三日」の教えを、方針転換に際して事前の周到な準備と実施後の継続的な点検を怠らない姿勢と捉え、小象伝は「位正中なり」とその中正の徳を称揚します。性急な変革を避け、周知と修正の期間を十分に設けることで、摩擦を最小限に抑えつつ秩序を刷新できます。前後の目配りを怠らず熟慮を重ねて実行に移すことが、確かな成果と永続的な安定をもたらします。
重要な方針の策定や組織の刷新を進める際は、事前のアナウンスと現場への丁寧なヒアリングが成否を分けます。導入後も運用の様子を注視しながら柔軟に微調整を加えることで、施策が無理なく定着し確かな成果へとつながります。入念な根回しとアフターフォローを徹底することで、リーダーシップへの信頼は不動のものとなります。
二人の将来に関わる大きな取り決めや生活環境の変化についても、焦らず腰を据えて話し合うのに適した時期です。過去の摩擦や迷いがあっても、互いの価値観を丁寧にすり合わせるプロセスを経ることで、より成熟した絆が結ばれます。節目ごとに誠意を持って確認し合う対話が、揺るぎない安心感と信頼を育みます。
資産構成の見直しや中長期的な資金計画を整えるのに極めて好都合な局面です。目先の利益を焦って動くのではなく、始める前のリスク精査と実行後の定期的な見直しをルール化することで、安定した基盤が整います。大局的な見取り図を描いて計画的に管理を進めることが、資産の健全な維持と発展を支えます。
「九五の吉」は、位正中なればなり。
周易本義爻辞
先は西薦の反、後は胡豆の反。
九五は剛健中正にして巽体に居る、故に悔い有り。貞にして吉なるを以ての故に、その悔いを亡いて利ろしからざる無きを得る。悔い有るはこれ初め無きなり、これを亡うはこれ終り有るなり。庚は更なり、事の変なり。庚に先だつこと三日は丁なり、庚に後るること三日は癸なり。丁はその変の前に丁寧にする所以なり、癸はその変の後に揆度する所以なり。変更する所ありてこの占を得る者は、かくのごとなれば則ち吉なり。
伊川易伝爻辞
五は尊位に居りて巽の主たり、命令の出ずる所なり。処りて中正を得、巽の善を尽くす。然れども巽とは柔順の道にして利ろしき所は貞に在り。五の足らざるに非ず、巽において当に戒むべきなり。既に貞なれば則ち吉にして悔い亡び、利ろしからざる所無し。貞とは正中なり。巽に処り令を出すは皆中正を以て吉と為す。柔巽にして貞ならざれば則ち悔い有り、安んぞ能く利ろしからざる所無からんや。命令の出ずるは変更する所有るなり。「初め無く」とは始めは未だ善ならざるなり。「終り有り」とはこれを更めて善からしむるなり。もし已に善ならば則ち何ぞ命を用いん、何ぞ更むるを用いん。「庚に先だつこと三日、庚に後るること三日、吉」とは、命を出だし更改するの道は当にかくのごとくなるべきなり。甲とは事の端(はじめ)なり。庚とは変更の始なり。十干は戊己を中と為し、中を過ぐれば則ち変ず、故にこれを庚と謂う。事の改更は当に始めを原(たず)ね終りを要(もと)むべし、甲に先だち甲に後るるの義の如し。かくのごとなれば則ち吉なり。解は蠱卦に在り。
伊川易伝小象伝
九五の吉は正中に処るを以てなり。正中の道を得れば則ち吉にしてその悔い亡ぶるなり。正中とは過ぎず及ばざること無く正にその中を得るを謂う。柔巽に処ると命令を出すとは、ただ中を得るを善と為し、中を失えば則ち悔いあるなり。
周易注爻辞
陽を以て陽に居るは、謙巽に損あり。然れども中正を秉りて以てその令を宣ぶれば、物これに違う莫し。故に「貞にして吉、悔い亡び、利ろしからざる無し」というなり。化するに漸を以てせず、卒に剛直を以て用いて物に加うれば、故に初めは皆説ばざるなり。中正に終りて邪道以て消ゆ、故に終り有るなり。命令を申ぬるをこれ庚と謂う。夫れ正を以て物を斉うるは、卒にはすべからざるなり。民の迷うこと固より久し、直は肆にすべからず。故に先ず申ぬること三日、令の著かなるの後に復た申ぬること三日、然る後に誅すれば咎怨無きなり。甲・庚は皆命を申ぬるの謂いなり。
周易正義爻辞
正義に曰く、九五は陽を以て陽に居り謙巽に違う、これ悔いなり。然れども中正を執りて以てその令を宣ぶれば、物これに違う莫し。これ貞正によりて吉を獲、故に悔い亡びて利ろしからざる無きを得るなり。故に「貞吉、悔亡、無不利」という。「初め無く終り有り」とは、もし卒に剛直を用い、化するに漸を以てせざれば、物みな説ばず、故に「初め無し」というなり。中正に終りて物その化に服す、故に「終り有り」というなり。「先庚三日、後庚三日、吉」とは、命令を申ぬるをこれ庚と謂い、民の迷うこと固より久しければ申ぬるは卒にはすべからず。故に先ずこれを申ぬること三日、令の著かなるの後に復たこれを申ぬること三日、然る後にこれを誅せば民その罪に服し、怨み無くして吉を獲る。故に「先庚三日、後庚三日、吉」というなり。
周易正義小象伝
正義に曰く、「位正中なり」とは、もし九を以て五位に居らしめずんば、則ち中正を以て物を斉うる能わず。物の斉わざれば吉を致すに由無し。吉を致すは九の五位に居るによるが故に、爻位を挙げてこれを言うなり。