East Almanac
日本語

55. 雷火豐 (丰)

第3爻

この爻が動けば に変じる 51. 震為雷 (震)
九三:その沛(はい)を豊にす。日中に沬(まい)を見る。その右肱(うこう)を折(くじ)く、咎なし。

現代解釈

豊の九三は、覆いがいっそう深まり行動の右腕を折られるような厳しい制約に見舞われる局面を表します。抗えない限界を素直に受け入れ、大事を企てず退いて力を温存することが無咎につながります。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 55 丰 — 第3爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/55/3

易の占い

離の明晰さが尽きて震の激動へと向かう境目で、暗雲はさらに濃くなり「真昼に小星を見る」ほどの混迷が生じます。爻辞にある「右肱を折る」とは実行能力の著しい喪失を象徴し、小象伝が「大事にすべからず」と説くように無理な前進は致命傷になりかねません。自らの力不足ではなく時勢の不可抗力と割り切り、活動を縮小して身を守ることが最善です。

仕事・キャリア

プロジェクトや業務において、頼りにしていた支援の途絶や予期せぬ制約により、主導権を一時的に失う可能性があります。伝統的な解釈では、このような逆境で大勝負に出ることは自滅を招くため、責任範囲を整理して守備を固めるべきとされます。今は大きな決断や新規の拡大を凍結し、手元の維持と態勢の立て直しに徹してください。

恋愛・対人

パートナーシップにおいて、外的なトラブルや突然の状況変化によって意思疎通が麻痺しやすい時期です。無理に関係を修復しようと働きかけても疲弊が深まるばかりであり、現状の無力感を受け入れる冷静さが求められます。相手や自分を責めることなく、互いに心の傷を癒やすための十分な冷却期間を設けることが大切です。

金運

資金繰りや投資計画において、主要な収益ルートの停滞や想定外の損失に直面するリスクが示唆されています。易学の教えでは、損失の穴埋めを狙ってさらなる資金を投じることを戒め、早めの損切りや支出抑制を促します。拡大路線を完全にストップし、最低限の資本保全に絞って静観するのが賢明です。

参考資料

原文

小象伝

その沛を豊にすとは、大事をなすべからざるなり。その右肱を折くとは、終に用うべからざるなり。

古典注釈

周易本義小象伝

象は六二と同じ。夷は等夷なり、初九を謂うなり。その占は豊に当たりて暗主に遇い、下りて同徳に就けば則ち吉なりとす。

伊川易伝爻辞

沛の字は古本に斾の字に作る者有り。王弼は幡幔と為す、則ち是れ斾なり。幡幔は内に囲蔽する者にして、その沛を豊いにすればその暗きこと蔀よりも更に甚だし。三は明体にして反りて四よりも暗き者は、応ずる所が陰暗なるが故なり。三は明体の上に居り、陽剛にして正を得、本来能く明らかなる者なり。豊の道は必ず明と動と相資けて成る。三は上に応じ、上は陰柔にして又た位無く震の終わりに処る。既に終らば則ち止まる、動く能わざる者なり。他卦は終わりに至れば則ち極まり、震は終わりに至れば則ち止まる。三は上の応無ければ則ち豊を成す能わず。沬星は微小にして名数の無き者なり。沬を見るは暗の甚だしきなり。豊の時にして上六に遇うは、日中にして沬を見る者なり。右肱(うこう)は人の用うる所にして、乃ち折れたり。その能く為す無きを知るべし。賢智の才は明君に遇えば則ち能く天下に為す有り、上に頼る可きの主無ければ則ち為す有る能わず、人のその右肱を折るがごとし。人の為すことに失う所有れば則ち咎を帰する所有りて、「是れに由るが故に是れを致せり」と曰わん。若し動かんと欲して右肱無く、為さんと欲して上頼る所無ければ、則ち能わざるのみ。更に復た何をか言わん、咎を帰する所無きなり。

伊川易伝小象伝

用いるべしとは、三は上に応じ、上は応ずべきも位無く、陰柔にして勢力無くして既に終わるに処る。其れ共に大事を済うべけんや。既に頼る所無く、右肱の折れたるが如く、終に用いるべからざるなり。

周易注爻辞

沛は幡幔にして、盛光を禦(ふせ)ぐ所以のものなり。沬は微昧の明なり。応は上六に在り、志は陰に在り。陰を以て陰に処るよりは愈(まさ)ると雖も、亦た未だ以て闇を免るるに足らざるなり。豊かにする所は沛に在り、日中には則ち沬を見るの謂いなり。明を施せば則ち沬を見るのみ、用を施せば則ちその右肱を折る。故に以て自守するのみにして、未だ用いるに足らざるなり。

周易注小象伝

明、足らざるなり。左の在る有りと雖も、用いるに足らざるなり。

周易正義爻辞

正義に曰く:「その沛を豊いにし、日中に沬を見る」とは、沛は幡幔にして、盛光を禦ぐ所以のものなり。沬は微昧の明なり。九三の上六に応ずるを以て、志は陰に在り、六二の陰を以て陰に処るよりは愈ると雖も、亦た未だ闇を免るるを見ざるなり。是れ「豊かにする所は沛に在り、日中に沬を見る」所以なり。夫れ光大の時に処りて、豊沛にして沬を見るは、豊蔀日中見斗よりは愈ると雖も、然れども大事に施さば終に用いるべからず。仮令その右肱を折り、自守するのみにして、乃ち咎無きを得る。故に「その右肱を折るも、咎無し」と曰うなり。

周易正義小象伝

正義に曰く:「大事にすべからず」とは、光大の時に当たりて、大事を為すべしといえども、明足らざるが故に、大事を為すべからざるなり。正義に曰く:「終に用いるべからず」とは、凡そ事を用うるは右肱に在り。右肱既に折るれば、左の在る有りと雖も、終に用いるべからざるなり。

一撮金爻辞

九三・三爻(下下):紛紛として復た紛紛、欷歔(ききょ)として独り門を掩(と)ず。眉を斂(ひそ)めて灯火を望み、我に伴いて黄昏に坐す。

出典