周易本義小象伝
「恐れて福を致す」とは、恐懼して福を致すことである。「則」とは法である。程子は「邇(ちか)きを懼れしむるなり」の下に「匕鬯を喪わず」の四字を脱すとし、今これに従う。「出づ」とは世を継ぎて祭を主とすることである。あるいは「出」は即ち「鬯」の字の誤りであるとも言う。
第1爻
初九:震来ること虩虩たれど、後には笑言啞啞たり、吉。
初九は震卦の最下層にあって陽剛の正しさを備え、最初に激震を受けながらも敬畏と自省によって福を招く吉爻です。初めの激しい驚きを真摯に受け止めて身を正すことで、やがて和やかな歓談と笑いに満ちた安泰へと転じていきます。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 51 震 — 第1爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/51/1
初位に陽剛の正しさを得て座し、雷地豫へと変じるこの爻は、警戒を怠らない姿勢がやがて和楽をもたらす道程を示しています。易経の伝統解釈では、事の初めに驚き恐れるからこそ慎重に対処でき、その節度ある行動が後の安泰を生むと説かれます。突発的な事態に直面しても狼狽せず、自らの行いを省みて秩序を整えることが肝要です。初期の緊張を謙虚な備えへと昇華させることで、禍を転じて確かな幸いを得られます。
業務上の突発的なトラブルや組織の急な改変など、初動において強いプレッシャーや不安を感じる場面が生じやすい状況です。しかし足元がしっかりしているため、早急に業務のルールを整理し分をわきまえて行動すれば、混乱はかえって組織を正す好機となります。動揺を隠して無理に進めるのではなく、現状を素直に受け止めて手順を再構築する姿勢が周囲の信頼を集めます。初期の不安を前向きな業務改善につなげることで、着実に主導権を握ることができます。
突然のすれ違いや予期せぬ出来事によって、二人の間に一時的な緊張や気まずさが走る暗示があります。古典の教えは、この動揺を契機として互いの態度を真摯に振り返り、誠意をもって対話することが関係修復の鍵になると示しています。過剰に防衛的にならず、自分の素直な気持ちを丁寧に示すことで、かえって以前よりも深い理解と笑顔が戻ってきます。不意の摩擦を互いの絆を見つめ直す機会と捉えることで、温かな関係を育み直せます。
突発的な市場の波乱や急な出費の知らせなどによって、初期には先行きへの不安を感じやすい傾向があります。初九の得正は、慌てて狼狽売りや無謀な買い増しに走るのではなく、まずは手元の資金計画を堅実に見直すことの重要性を教えています。動揺の中で拙速に動くのを控え、足元の守りを固めることが長期的な安定の礎となります。冷静に現状を把握し慎重な姿勢を保つことで、一時的な混乱を乗り切り資産の健全さを守ることができます。
震来ること虩虩たりとは、恐れて福を致すなり。笑言啞啞たりとは、後に則あるなり。
周易本義小象伝
「恐れて福を致す」とは、恐懼して福を致すことである。「則」とは法である。程子は「邇(ちか)きを懼れしむるなり」の下に「匕鬯を喪わず」の四字を脱すとし、今これに従う。「出づ」とは世を継ぎて祭を主とすることである。あるいは「出」は即ち「鬯」の字の誤りであるとも言う。
周易本義爻辞
震を成すの主にして、震の初めに処す。ゆえにその占いはこのごとし。
伊川易伝小象伝
「笑言啞啞たるは、後に則あるなり」について。震にはおのずから亨るの義があり、卦才によるものに非ず。震が来たりてよく恐懼し自ら修め自ら慎めば、かえって福吉を致すことができる。「笑言啞啞」とは言笑自若たるを言う。よく恐懼することによって然る後に自処に法則がある。則があれば安らかにして懼れず、これ震に処する道である。「震、百里を驚かすとは、遠きを驚かして近きを懼れしむるなり」について。雷の震いは百里に及び、遠き者は驚き近き者は懼る。その威の遠大なるを言うのである。「出でて以て宗廟社稷を守り、以て祭主となるべし」について。
彖文は「匕鬯を喪わず」の一句を脱す。卦辞に「匕鬯を喪わず」と言うは、もと誠敬の至りにして威懼も自失させることができないことを言う。彖は長子の宜しくこのごときたるべきをもって、上文の長子の義を承けてこれを通解し、その誠敬にしてよく匕鬯を喪わざれば、君が出づるも宗廟社稷を守りて祭主となることができると謂うのである。長子がこのごときであって然る後に世祀を守り国家を承くことができるのである。
伊川易伝爻辞
初九は震を成すの主にして、震を致す者である。卦の下に在りて震の初めに処す。震の来たるを知りて震の始めに当たり、もしよく恐懼をもって周旋顧慮し、虩虩然としてあえて寧止しなければ、終りには必ずその安吉を保つ。ゆえに後に笑言啞啞たるのである。
周易注爻辞
かの剛徳を体し、卦の先となり、よく恐懼をもってその徳を修むるなり。
周易正義爻辞
正義に曰く、初九は剛陽の徳にして、一卦の先となる。剛なれば機に暗からず、先なれば前知を有す。ゆえに震驚の始に処して、よく恐懼をもって自ら修め、その吉を獲る。ゆえに「震来たるに虩虩たり、後には笑言啞啞たり、吉なり」と言うのである。この爻辞の二句は、すでに卦と同じく、象辞のこれを釈するもまた彖と異ならないのは、思うに卦は威震の功を主として、物に恐懼せしめて福を致させ、爻は震に遇いて懼れ、修省して福を致す人を論じているからである。卦は震より人を言い、爻は人に拠りて威震を言う。説くところは異なるといえども、その事は一である。ゆえに爻卦の二辞は本末相い等しい。それはなお水雷屯の初九が卦とともに「侯を建つるに利ろし」と称するがごときである。卦は屯の時に凡そ封建するところあるに宜しきを挙げ、爻は「貴をもって賤に下る」ゆえに建つるに堪える人であるとする。この震の初九もまたその類である。