周易本義爻辞
陰を以て陽に居り、中ならず正ならず、また動の極に処る。復りて固からず、屢々失い屢々復るの象。屢々失う故に危うく、復れば則ち咎無し。故にその占またかくの如し。
第3爻
六三:頻りに復る。危うけれども咎なし。
「復」の六三は震の極みに位置し、迷いや逸脱を繰り返しながらも正道へ立ち戻ろうとする葛藤の相を示します。伝統的な解釈では、度重なる試行錯誤による危うさはあるものの、誤りに気づいて軌道修正を続ける限り本質的な過失にはならないとされます。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 24 复 — 第3爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/24/3
下卦の動意が極まる第三位にあって陰柔であるため、方針が揺らぎやすく迷走と修正を繰り返しやすい状況を表します。古典的伝統では「頻復の厲、義にして咎なし」とされ、過ちを繰り返す危うさは抱えつつも、その都度自らを正そうとする意志があれば致命的な咎めは免れると説かれます。要するに、迷ったり間違えたりしても、速やかに気付いて軌道修正し続けることが危機を脱する鍵となります。
業務において方針の変更や試行錯誤が重なり、進捗の停滞や周囲との調整に気苦労が生じやすい局面です。失敗を取り繕うのではなく、問題点を素直に認めて根本的な段取りを見直すことで、無駄な摩擦を最小限に抑えられます。要するに、判断の迷いに引きずられず、おかしな点に気づいた段階ですぐにやり直す姿勢が信頼を守ります。
関係性において感情の浮き沈みやすれ違い、衝突と仲直りを繰り返すような落ち着かない空気が漂いがちです。表面的な約束だけで済ませず、繰り返される違和感の根底にある本音を率直に共有することが大切です。要するに、意地や衝動による堂々巡りを止め、互いの本心に立ち返って冷静に対話することが関係修復の近道です。
金銭面では、頻繁な投資先の変更や気まぐれな出費など、衝動的な判断による資金の目減りに注意が必要な時期です。短期的な損得や市場の動揺に過剰反応せず、まずは支出の引き締めとルールの再確認を優先すべきと伝統は説きます。要するに、場当たり的なお金の出し入れを控え、冷静に守りを固めることが資産の保全につながります。
頻りに復るの危うきも、義において咎なきなり。
周易本義爻辞
陰を以て陽に居り、中ならず正ならず、また動の極に処る。復りて固からず、屢々失い屢々復るの象。屢々失う故に危うく、復れば則ち咎無し。故にその占またかくの如し。
伊川易伝爻辞
三は陰躁を以て動の極に処り、復ること頻数にして固き能わざる者なり。復は安固を貴ぶに、頻りに復り頻りに失いて復に安からず。善に復りて屢々失うは危うきの道なり。聖人は善に遷るの道を開き、その復るに与(くみ)し、その屢々失うを危ぶむ。故に「厲うけれども咎無し」と云う。頻りに失うを以てその復るを戒むべからず。頻りに失えば則ち危うきと為すも、屢々復るに何の咎かあらん。過ちは失うに在りて復るに在らざるなり。
伊川易伝小象伝
頻りに復り頻りに失うは危厲たりと雖も、然れども善に復るの義は則ち咎無きなり。
周易注爻辞
頻は、頻蹙の貌なり。下体の終わりに処り、上六の迷えるに愈(まさ)ると雖も、已に復を失うこと遠し、是を以て蹙(ひそ)むるなり。蹙みて復るを求め、未だ迷うに至らず、故に危うしと雖も咎無きなり。復道は速やかなるを宜しとす、蹙みて乃ち復るは、義においては咎無しと雖も、他の来たるは保ち難し。
周易正義爻辞
「象曰休復之吉」より「無咎」に至る。
正義に曰く、「頻復」とは、頻は頻蹙を謂う。六三は下体の上に処り、復を去ることやや遠し。上六の迷復に勝ると雖も、猶お頻蹙して復る。復道は速やかなるを宜しとす、蹙みて復るを求むるを謂うなり。復を去ること猶お近く、危厲ありと雖も、義において咎無し。故に《象》に「義咎無し」と云うなり。注の「頻蹙の貌」より「他来保ち難し」に至るまで。
正義に曰く、「義咎無しと雖も、他来保ち難し」とは、復を去ること未だ甚だ大いに遠からず、義において復た咎無しと雖も、道を以て自守すれば「咎無し」を得るを謂うなり。もし自守のほかに更に他の事来たるあれば、則ち難くして此の無咎の吉を保つべからず。所以に《象》に「義咎無し」と云うは、常を守るの義にして咎無きを得るなり。