East Almanac
日本語

44. 天风姤 (姤)

第2爻

この爻が動けば に変じる 33. 天山遁 (遁)
九二:包に魚あり、咎なし。賓に利あらず。

現代解釈

姤卦九二は下卦の中庸に位置し、生じ始めた陰柔の兆候を自らの領域内で適切に受け止め、制御できる状態を示しています。問題や課題を外へ漏らさず内部で確実に消化・管理することで、外部との摩擦を防ぎ過失を免れる時です。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 44 姤 — 第2爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/44/2

易の占い

九二は陽剛にして中を得ており、下にある初六の陰柔を直接受け止め、自らの責任下で管理する力を持っています。小象伝が「義は賓に及ばざるなり」と説くように、古典的解釈では内部の事情や不都合を部外者に持ち込まず、自組織の中で解決すべき局面とされます。身内の問題を外部へ転嫁せず自ら引き受けて収める姿勢が、安全を保つ鍵となります。

仕事・キャリア

業務上のミスやチーム内の軋轢が生じた場合、社外や他部署へ安易に公表するのではなく、自組織の中で速やかに対応して収拾を図るべき段階です。伝統的な易の教えでは、内部のほころびを外部に見せない防壁の構築が組織の信頼を守るとされています。まずは身内の足並みを揃え、管轄内で事態を収束させることが評価の維持につながります。

恋愛・対人

パートナー間の些細な行き違いや互いの欠点は、二人だけの対話で包容し合い、外部の友人や家族に軽々しく漏らすべきではありません。古典の教えが説くように、外からの干渉を招くと小さな摩擦が不必要に拡大する恐れがあります。二人の親密な領域の中で理解を深め合うことが、強固な信頼を築く土台となります。

金運

資金繰りや契約面での一時的な不都合が生じても、取引先や顧客にそのしわ寄せを行かせず、自己資金や内部のやり繰りで吸収することが肝要です。伝統的な知恵では、内情を厳格に管理して信用を守ることが長期的な損失を防ぐとされます。問題を表沙汰にせず手元で確実に処置することが、確固たる信用の基盤を作ります。

参考資料

原文

小象伝

「包に魚あり」とは、義として賓に及ぼさざるなり。

古典注釈

周易本義爻辞

魚は陰物である。二が初と遇うは包に魚あるの象である。しかしこれを制することは己にあるゆえに、なお咎なきを得ることができる。もし制せずして衆に遇わしむれば、その害となるところは広大となる。ゆえにその象占はこのようである。九三は剛に過ぎて中ならず、下は初を越えず、上は上に応なし。居れば安からず行けば進まず。ゆえにその象占はこのようである。しかしすでに遇うところなければ陰邪の傷もなく、ゆえに危厲といえども大咎なきを得るのである。

伊川易伝爻辞

姤は遇である。二と初とは密比して相遇う者である。他の卦においては初は四に正応するが、姤においては遇を重しとなす。相遇う道は専一を主とする。二の剛中は誠意をもって遇うのであるが、初の陰柔は群陽が上にあり、しかも応ずるところある者ゆえに、その志は求める所がある。陰柔の質は貞固たることが少ない。二の初におけるや、その誠心を得難いのである。遇うところ誠心を得ざれば遇の道は背反する。包とは苞裹することである。魚は陰物の美なる者であり、陽の陰に対するや悦び愛でるところであるゆえに魚の象を取る。二が初においてもしよく固く蓄えること包苴に魚があるが如くであれば、遇において咎なきを得る。賓とは外より来る者である。「賓に利あらず」とは、包苴の魚がどうして賓客に及ぶことができようか、重ねて外人に及ぼすべからざるを言うのである。遇の道はまさに専一たるべく、二心あれば乱雑となる。

伊川易伝小象伝

二の初に遇うや、外に二心あらしむべからず。まさに包苴に魚があるがごとくすべきであり、包苴の魚の義は賓客に及ばざるのである。

周易注爻辞

初は陰にして下を窮める、ゆえに「魚」と称する。不正の陰にして遇の始めに処し、近き者に逆らうあたわず。初は自ら喜んで己の厨房に応じに来たり、侵犯して奪い取ったのではない。ゆえに「咎なし」である。他人の物を専らにして己の恵みとなすことは、義のなすべからざるところである。ゆえに「賓に利あらず」というのである。

周易正義爻辞

正義に曰く、「庖に魚あり、咎なし」とは、初六は陰をもって下に処すゆえに魚と称する。不正の陰をもって遇の始めに処し、近き者に逆らうあたわず。ゆえに九四の正応を捨てて喜んで九二の庖厨を満たす。ゆえに「九二、庖に魚あり」という。初は自ら喜んで来て己の厨房となったものであり、侵犯奪取したものではないゆえに「咎なし」を得る。「賓に利あらず」とは、他人の物を専らにして己の恵みとなすことは義のなすべからざるところであるゆえに「賓に利あらず」というのである。

周易正義小象伝

正義に曰く、「義は賓に及ばず」とは、他人の物がある以上、義として賓客に及ぼすべからざるを言うのである。

一撮金爻辞

九二二爻・下中:済(わた)らんと欲して未だ済らず、求めんと欲して強いて求む。心に一定なく、一車にして両頭なり。

出典