周易本義爻辞
「嗃」の音は呼落の反。「嘻」の音は喜悲の反、象も同じ。
剛を以て剛に居りて中ならず、剛に過ぐる者である。ゆえに嗃嗃たる厳厲の象がある。是の如くなれば、悔い危うきことありといえども吉である。嘻嘻とは嗃嗃の反対であり、吝(恥)の道である。占う者はおのおのその徳を以て応ずるがゆえに、両様を言っている。
第3爻
九三:家人嗃嗃たり、悔い厲うけれども吉。婦子嘻嘻たれば、終には吝なり。
家人卦の九三は、規律を厳しく保つことで一時的な不満は生じても大局を守り、逆に甘やかしや放縦は後悔を招くことを戒めています。節度と原則を堅持し、なあなあの関係に流されないことが重要です。
AIにこのページを聞いてみる
リンクはプロンプトを事前入力するだけで送信しません — 主導権はあなたに。リンクが効かない場合は下のプロンプトをコピーしてください。
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Hexagram 37 家人 — 第3爻. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/yijing/37/3
九三は内卦の極にあって剛が強すぎるきらいがありますが、規律の引き締め役を担う位置にあります。伝統的な解釈では、「家人嗃嗃」として厳格さゆえの反発を招くリスクがあっても、放任による秩序崩壊を防ぐためには必要な緊張感であると捉えます。感情に流されず一線を画す厳格さを保つことが、結果として全体の瓦解を防ぐ防波堤となります。
チームやプロジェクトの運営において、緩んだ規律を立て直し、明確な基準を再徹底すべき節目を迎えています。伝統的な管理の教えでは、目先の反発を恐れて曖昧な妥協を重ねることは、かえって将来の大きな損失を生むと戒められます。定めたルールや納期を妥協なく厳格に運用することで、業務の質と組織の結束が保たれます。
親しい間柄であっても無原則な甘えやなあなあな態度は禁物であり、健全な境界線を引くことが求められます。古典の示唆によれば、互いに遠慮をなくして節度を失うと、些細な不満が積もり将来の不和を招きやすくなります。守るべきルールや互いの境界を冷静に確認し合うことで、健全で長続きする信頼関係が守られます。
気の緩みによる出費の増加やどんぶり勘定を改め、家計や予算の管理を一段と厳格化すべき局面です。伝統的な家計管理の教えでも、享楽的な支出を放置することが財政破綻の引き金になると警告されています。無駄な支出を即座に削減し規律ある予算運用を徹底することで、資金の流出を防ぎ安定を取り戻せます。
「家人嗃嗃たり」とは、未だ失わざるなり。「婦子嘻嘻たり」とは、家の節を失うなり。
周易本義爻辞
「嗃」の音は呼落の反。「嘻」の音は喜悲の反、象も同じ。
剛を以て剛に居りて中ならず、剛に過ぐる者である。ゆえに嗃嗃たる厳厲の象がある。是の如くなれば、悔い危うきことありといえども吉である。嘻嘻とは嗃嗃の反対であり、吝(恥)の道である。占う者はおのおのその徳を以て応ずるがゆえに、両様を言っている。
周易本義小象伝
陽は義を主どり、陰は利を主どる。陰を以て陰に居りて上位に在り、よくその家を富ます者である。
伊川易伝爻辞
嗃嗃は字義未詳であるが、文義および音意より観ずるに、嗷嗷の類に近く、また厳しく引き締める意の如し。九三は内卦の上に在りて、内を治むるを主どる者である。陽を以て剛に居り中ならず、正を得ているとはいえ剛に過ぐる者である。内を治むるに過剛なれば厳急に傷つく。ゆえに家人嗃嗃たり。家を治むるに厳しきに過ぎれば傷なきを得ず、ゆえに厳厲に悔いること必定である。骨肉の恩愛が厳しさに勝り、厳が過ぎるがゆえに悔いる。厳厲を悔い、寛猛の中を得てはいないとはいえ、家道は斉粛となり人心は畏敬を抱くので、なお家の吉となすのである。もし婦子嘻嘻たるときは、終には羞吝に至る。卦において嘻嘻の象があるわけではなく、けだし嗃嗃に対していったものである。放肆に失するよりは寧ろ厳しきに過ぎるがまし、という謂いである。嘻嘻とは節度なく笑い楽しむことである。自らほしいままにして節度なければ、終には破家を招き、羞吝とすべきである。けだし厳謹の過ちは人情において傷なきを得ずといえども、もし法度が立ち倫理が正しければ、恩義の存する所となる。もし嘻嘻として度なければ、法度の廃るる由縁、倫理の乱るる由縁となり、どうしてその家を保つことができようか。嘻嘻の甚だしきは家を破る凶に至るが、ただ「吝」と云うのは、吝とすべき甚だしきものは凶に至るゆえ、未だにわかに凶と言わざるのみである。
伊川易伝小象伝
家を治むる道において嗃嗃たりといえども、いまだ甚だしき失とはならぬ。もし婦子が嘻嘻たれば、これ礼法なく家の節度を失うものであり、家は必ず乱れる。
周易注爻辞
陽を以て陽に処し、剛厳なる者である。下体の極に処し、一家の長たる者である。行いはその慢ならんよりは、むしろ恭に過ぐべし。家はその黷れんよりは、むしろ厳に過ぐべし。ここを以て家人が「嗃嗃として悔厲」ありといえども、なおその道を得る。「婦子嘻嘻」たれば、すなわちその節度を失うのである。
周易正義爻辞
正義に曰く、「嗃嗃」とは厳酷の意である。「嘻嘻」とは喜笑の貌である。九三は下体の上に処して一家の主となり、陽を以て陽に処し、剛厳の政を行う。ゆえに「家人嗃嗃」たり。嗃嗃として猛に傷つき、その酷厲を悔いることがあるといえども、なおその吉を保つゆえに「悔厲あれども吉」と曰う。もしその婦子をほしいままにして慢黷嘻嘻たらしめ、喜笑して節度なからしめば、終には恨辱あり。ゆえに「婦子嘻嘻たれば終には吝」と曰うのである。
周易正義小象伝
正義に曰く、「いまだ失わざるなり」とは、初めは悔厲ありて猛に失するに似たりといえども、終には慢黷なきゆえに「いまだ失わざるなり」と曰う。「家の節を失うなり」とは、もしその嘻嘻たるをほしいままにすれば、初めは歓楽なりといえども終には家の節度を失うからである。