East Almanac
日本語

13. 天火同人 (同人)

第6爻

この爻が動けば に変じる 49. 泽火革 (革)
上九:同人郊に於てす、悔いなし。

現代解釈

同人の極みに位置する上九は、群衆の中心から離れた郊外で人と交わる姿を示し、理想の完全な実現には至らないものの後悔を残さない立場を表します。派閥抗争や人間関係の摩擦から距離を置き、身の丈に合った平穏を守ることが賢明とされます。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Hexagram 13 同人 — 第6爻.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/yijing/13/6

易の占い

上九は同人卦の最上位にあり、応じる相手を持たないため、組織や社会の中心的な輪から外れた「郊外」に身を置いています。古典の小象伝が「志いまだ得られざるなり」と評するように、大きな野望を果たす境遇ではありませんが、同時に争いや妬みの渦中から離れているため咎めを受けません。変卦が刷新を示す沢火革であることも、既存のしがらみから一歩引いて静観する姿勢の有効性を裏付けています。平たく言えば、輪の中心で無理に目立とうとせず適度な距離を保つことで、余計なトラブルを完全に回避できます。

仕事・キャリア

職務においては、中枢の権力闘争や激しい出世競争から離れ、専門職や相談役のような独立したポジションで力を発揮するのに適した時期です。中心勢力への無理な参入を図っても摩擦を生むだけですが、一歩引いた立ち位置を守る限り、派閥の対立に巻き込まれる懸念はありません。自分の役割を着実に果たしつつ、周囲の動静を客観的に見守る姿勢が安全をもたらします。一言で言えば、主導権を奪い合おうとせず控えめな立ち位置を守ることが、結果として自身の立場を最も安定させます。

恋愛・対人

恋愛関係では、情熱的な高まりや密接な一体感を求めるよりも、お互いの自立とプライベートを尊重した穏やかな距離感が心地よい時期です。劇的な進展がないことに対して物足りなさを感じるかもしれませんが、過度な干渉がないため、無用な衝突やすれ違いを避けることができます。今は無理に関係を縮めようと焦らず、自然体でいられる関係性を大切にするのが得策です。要するに、ほどよい距離感を保ちながら穏やかに接することで、摩擦のない落ち着いた関係を継続できます。

金運

金銭面では、投機的な流行や過熱した市場から離れ、既存の資産を守る防御的な姿勢が適しています。古典が説く「悔いなし」の精神は、短期的な高利回りを追って波乱に巻き込まれるよりも、手堅く平穏な状態を維持することの価値を強調しています。派手な投資話や共同出資の誘いがあっても、深入りせず距離を置く判断が資産の安全を守ります。結論として、過熱する儲け話に惑わされず静観に徹することで、無用な損失を防ぎ生活の安定を保てます。

参考資料

原文

小象伝

同人郊に於てすとは、志未だ得ざるなり。

古典注釈

周易本義爻辞

外に居りて応なし。物としてこれと同ずるなし。然れどもまた以て悔いなかるべし。ゆえにその象占かくのごとし。郊は野の内に在りて、いまだ曠遠に至らず。ただ荒僻にして与に同ずるなきのみ。

伊川易伝爻辞

郊は外に在りて遠き地なり。同を求むる者は必ず相親しみ相与にす。上九は外に居りて応なく、終に与に同ずる者なきなり。始めに同あれば則ち終に至りてあるいは暌悔(けいかい)あり。遠きに処りて与なし、ゆえに同なしといえどもまた悔いなし。同ぜんと欲する志は遂げられずといえども、その終には悔ゆる所なきなり。

伊川易伝小象伝

遠きに居りて同ずるものなし、ゆえに終に悔ゆる所なし。しかれども同人の道に在りて、同を求むる志の遂ぐるを得ざるは、悔いなしといえども善く処するに非ざるなり。

周易注爻辞

郊とは、外の極なり。「同人」の時に処りて最も外に在り、同志を獲ずして内の争いに遠ざかる。ゆえに悔吝なしといえども、またその志を得ざるなり。

周易注小象伝

およそ同人に処りて泰(通ず)ならざれば、則ち必ず師(いくさ)を用う。大通すること能わざれば、則ち各々その党を私して利を求む。楚人弓を亡(うしな)うも、楚を亡うること能わず。国を愛すること愈々甚だしければ、益々他災をなす。ここをもって同人にして剛健の爻を弘めざるは、皆師を用うるに至るなり。

周易正義爻辞

「上九、同人于郊無悔」。

正義に曰く、「同人于郊」とは、同人の極に処りて最も外に在り、「同人」せんと欲すといえども、人は必ず己を疎んじ、同じくする所を獲ず、その志いまだ得ざるなり。しかれども陽にして外に在り、内の争訟に遠ざかる、ゆえに悔吝なきなり。

注の「同志を獲ず」より「未だその志を得ず」に至るまで。

正義に曰く、「同志を獲ず」とは、もし彼此内にて同じくせば、すなわちその同志の意を獲るなり。もし己が郊境の人となりて同じくせんとせば、人はいまだ己に親しまず、これ「同志を獲ず」なり。「内の争いに遠ざかる」とは、外をもっておのずから同じくし、室家の内にあらず、これ内の争いに遠ざかるなり。内の争いに遠ざかるをもって、ゆえに悔吝なし。外の郊に在るをもって、ゆえにいまだ志を得ざるなり。

周易正義小象伝

「『象』に曰く、人を郊に同にすとは志いまだ得ざるなり」。正義に曰く、「同人于郊」の義を釈す。同人して郊境の遠き処にあり、人と疎遠にして、和同の志はいまだ得ざるなり。

注の「凡そ同人に処りて」より「師を用うるなり」に至るまで。

正義に曰く、「凡そ同人に処りて泰ならざれば則ち必ず師を用う」とは、王氏の注意は止だ上九の一爻のみに非ず、すなわち総じて同人一卦の義を論ず。初と上を去りて言わば、二には同宗の吝あり、三には「伏戎」の禍あり、四には不克の困あり、五には「大師」の患あり。これ「同人」の世に処りて大通の志なければ、則ち必ず師を用うるなり。「楚人弓を亡うも、楚を亡うること能わず。国を愛すること愈々甚だしければ、益々他災をなす」とは、『孔子家語・弟子好生篇』を案ずるに云う、「楚の昭王出遊して烏号の弓を亡えり。左右これを行き求めんことを請う。王曰く、『楚人弓を亡え、楚人これを得。また何ぞ求めん』と。孔子これを聞きて曰く、『惜しいかな、その志大ならず。人弓を亡え、人これを得と曰わずして、何ぞ必ずしも楚ならんや』」と。昭王は名軫、哀公六年、呉陳を伐ち、楚陳を救いて城父に卒す。これ国を愛して他災を致すなり。これを引く者は、同人にして弘めざれば皆師を用うるに至るを証するなり。

一撮金爻辞

上九・六爻、上中。一水は一水をめぐり、一山は一山をめぐる。水尽き山窮まる処、名利も難しとなさず。

出典