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今日の卦 2025年10月16日木曜日: #26 山天大畜 (大畜)

それぞれの暦日は一つの卦に決定論的に対応します——文王卦の順で64日を一巡する連続輪転によるものです。占わず、乱数もありません。

大畜:貞しきに利ろし。家食せずして吉。大川を渉るに利ろし。

現代解釈

山が乾天を包み蔵する象を宿し、天の剛健を蓄える山天大畜の卦辞は、内なる徳と実力を深く蓄積し、やがて大業を成し遂げる晩成の道を象徴します。私利に閉じこもらず公に尽くし、大河を渡るような試練にも毅然と挑むことで、大いなる吉運が開かれやすくなります。

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プロンプトプレビュー
易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。
Page: Daily hexagram 2025-10-16: #26 山天大畜.
二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解:
https://eastalmanac.com/ja/daily-hexagram/2025-10-16/

八字命式

命式においては土金が調和し、印星が日主をしっかりと支えるような重厚な構造を示しており、若年の苦闘を経て後年に大成する大器晩成の気運を帯びています。伝統的な命理では、軽挙妄動や性急な衝動を抑え、長期的な視野で実力を涵養することが運気を最大化する鍵とされます。歳月をかけて培った専門性と徳望が、時運の到来とともに大きな社会的影響力へと転じます。一言で言えば、目先の成果を焦らず地道に底力を蓄える姿勢こそが、揺るぎない大業を成す原動力となります。

西洋占星術

ホロスコープでは土星の堅牢な秩序形成と、太陽や木星の壮大な拡張性が結びつき、長期的な訓練期間を経てから確固たる社会的権威へと昇りつめる配置を示唆しています。強固なアスペクトがトランジットによって刺激される時期には、これまでの地道な専門的研鑽が確かな実績へと結実するでしょう。構造的な実力をじっくりと積み上げることが、飛躍への最大の土台となります。一言で言えば、徹底した準備と鍛錬を惜しまない姿勢が、将来訪れる壮大な好機を確実に掴む鍵となります。

易の占い

下卦の乾天の剛健さを、上卦の艮山が篤実に押し留めて内包することで、比類なきエネルギーが内に蓄積される象形です。卦辞に「貞に利ろし、家食せずして吉、大川を渉るに利ろし」とあるように、正道を堅守して自室に安住せず、社会の大舞台で才能を発揮し難局に挑むことが強く推奨されます。彖伝もその徳の力強さと日々に新たにする蓄積の姿勢を高く称賛しています。一言で言えば、内に深遠な実力と徳を蓄え、機が熟した時に果敢に行動を起こすことで道が開けます。

仕事・キャリア

長年の専門性の深化とリソースの蓄積が結実し、大きなプロジェクトや公的な重責を担うべき変革の時期を迎えています。慣れ親しんだ狭いルーティンに留まるのではなく、より広い舞台や挑戦的な異分野へと進出することで、周囲や上層部からの確固たる信頼を勝ち取れます。培った見識を存分に発揮し、全体を導くリーダーシップを示す好機です。一言で言えば、蓄えてきた実力を信じて快適な領域を一歩踏み出し、大きな責任を引き受けることが飛躍へと直結します。

金運

資産形成においては、短期的な投機や目先の小利を追うのではなく、中長期的な価値に基づいた着実な資本蓄積が実を結びます。独自の知的財産や強固な事業基盤といった競争優位性を築くことで、時代や市場の変動に左右されない持続的な富の源泉が生まれます。徹底した事前調査と堅実な管理を重視する姿勢が、揺るぎない財政的安定をもたらします。一言で言えば、地道な実力と信頼を土台に長期目線で資産を育むことが、豊かな実りを生み出します。

恋愛・対人

関係性は成熟した信頼と共通の人生観によって支えられ、浮ついた感情を超えた強固な絆が築かれる時期です。単なる日々の同居者にとどまらず、互いの成長を促し社会的責任や家庭の土台を共に背負う誠実な味方としての役割を果たします。現実的で広い度量を持って接することで、歳月を経ても色褪せない深い愛情が維持されます。一言で言えば、互いへの尊敬と共通の志を土台に据えることで、嵐にも揺るがない確固たる関係を育めます。

健康

体力的な基礎体力は十分に頑健で氣血も満ちていますが、重責を担うことによる長期的な緊張や過労からくる疲労の蓄積には注意が必要です。艮の山は「止まる」を象徴するため、過密な活動の合間にあえて意識的な休息や骨格・消化器系のケアを組み込むことが推奨されます。オンとオフの切り替えを明確にし、定期的にエネルギーを補充する生活リズムを整えましょう。一言で言えば、基礎体力を過信せず意図的に休養を挟むことが、長期的な活動力を維持する要となります。

自己成長

大象伝が説く「前言往行を多く識り、以てその徳を蓄す」の精神に則り、先人の知恵や歴史の教訓を深く学び取ることが自己の器を大きく広げます。情報過多で移ろいやすい世相に流されず、古典や専門知の探求に腰を据えて取り組むことで、揺るぎない品格と重厚な見識が培われます。内面の鍛錬を怠らなければ、やがて質的な飛躍の時が訪れます。一言で言えば、優れた先例に学びながら静かに内省を深めることが、真の影響力を持つ人間性を形作ります。

相性

目先の利益や表面的な交友を越え、高邁な理想や高い倫理観を共有できる成熟した人物との協調が極めて有利に働きます。互いの専門性や度量を認め合い、補完し合える関係を築くことで、単独ではなし得ない大規模な成果や事業を成し遂げることが可能です。狭量な振る舞いや安易な妥協を排し、誠実な仲間と手を携えることが肝要です。一言で言えば、高い志と確かな実力を備えた信頼できる相手と手を組むことで、大きな成果へと繋がります。

運の流れ

過去の静かな努力とリソースの積み重ねが、大きな社会的成果へと一気に転化していく力強い上昇期に入っています。外部環境からの支援や公的なプラットフォームへのアクセスが整い、より高次な舞台で主導権を握る機会が巡ってきます。落ち着いた自信を胸に、好機を捉えて力強く前進する姿勢が求められます。一言で言えば、これまでの地道な下積みが報われる飛躍期ですので、自信を持って大きな好機に挑んでください。

年運

この一年は狭い枠組みを飛び出し、新たな事業の立ち上げや遠方への進出、重責の引き受けに最適なタイミングとなります。慣れた環境に引きこもって現状維持を図るのではなく、多少の波乱を恐れずに積極的な挑戦へ舵を切ることが繁栄を招きます。中正な道を守りつつ果敢に大川を渡る決断が、輝かしい成果をもたらすでしょう。一言で言えば、安住の地を離れて果敢に新たな領域へ踏み出すことで、道は大きく開かれます。

姓名判断

姓名の構成においては、艮山の重厚さと乾天の広大さを併せ持ち、剛健でありながら内省的な深みを感じさせる文字や音の選定が吉とされます。画数や響きが落ち着きと大志の調和を促し、若年期の焦慮を和らげて着実に大業へと向かわせる後押しとなります。徳を内に蓄え社会で広く活躍する器の大きさを象徴する名付けが望まれます。一言で言えば、重厚さと気品を兼ね備えた名付けが、大器晩成の安定した歩みを力強く支えます。

吉日選択

日選びにおいては、土気と金気が調和し、着実な地盤固めや長期計画の始動、門出や契約、人材登用に適した重厚な干支の巡りを選ぶのが賢明です。軽薄な浮足立った気運の日は避け、長く続く安定性と持続力を約束する日を選ぶことで、事業の息切れを防ぐことができます。天の時に順応しつつ確固たる基盤を築く段取りを心がけましょう。一言で言えば、腰を据えた持続力を持つ吉日を選ぶことで、将来にわたる確固たる発展につながりやすくなります。

風水

空間設計では、背後に堅固な建物や豊かな山を配して揺るぎない支えを得る「靠山」の構造を重視し、後方の隙間風や不安定さを排除します。前面の明堂は明るく広々と保ち、天の気と良質な人脈を迎え入れる構造に整えるのが理想的です。北西の乾位を品格高く整え、北東の艮位を重厚な家具で安定させることで、家運の蓄積と発展が促されます。一言で言えば、背後をどっしりと固め前方を開放的に保つ住環境が、揺るぎない繁栄と名声を育みます。

参考資料

原文

彖伝

大畜は、剛健篤実にして輝光あり、日に其の徳を新たにし、剛上りて賢を尚ぶ。能く健を止むるは大いなる正なり。「家食せずして吉」とは、賢を養うなり。「大川を渉るに利ろし」とは、天に応ずるなり。

大象伝

天、山の中に在るは、大畜なり。君子以て前言往行を多く識り、以て其の徳を畜う。

古典注釈

周易本義卦辞

畜は勅六の反。

大は陽である。艮を以て乾を畜(と)め、またこれを畜めること大なる者である。また内卦の乾は剛健、外卦の艮は篤実にして輝光あり、ここを以て能くその徳を日新にし、大いに畜めることとなる。卦変を以て言えば、この卦は水天需より来たり、九が五よりして上に登ったものである。卦体を以て言えば、六五が尊位にあってこれを尚(とうと)ぶ。卦徳を以て言えば、また能く健を止める。みな大いなる正でなければ能わざることである。ゆえにその占いは「貞に利(よろ)しく、家食せずして吉なり」となる。また六五は下に乾と応じ、天に応ずることとなるゆえに、その占いはまた「大川を渉るに利し」となる。家食せずとは、朝廷に食禄を受けて家において私に食せぬことをいう。

周易本義彖伝

卦徳を以て卦名義を釈す 卦変・卦体・卦徳を以て卦辞を釈す また賢を尚ぶの象を取る また卦体を以て言えり

周易本義大象伝

識は字のごとく、また音は志。行は下孟の反。

天が山中にあるというのは、必ずしも現実にその事があるわけではなく、ただその象を取って言ったにすぎない。

伊川易伝卦辞

大畜。序卦に「無妄ありて然る後に畜むべし。故にこれを受くるに大畜を以てす」とある。無妄なれば実あり、ゆえに畜聚すべし。大畜が天雷無妄に次ぐゆえんである。卦たる、艮が上で乾が下であり、天が山中にあるのは、畜めるところ至大なるの象である。畜は畜止であり、また畜聚である。止まればすなわち聚まる。天が山中にある象を取れば藴畜となり、艮が乾を止めるを取れば畜止となる。止まりて然る後に積み蓄えることがあるゆえに、止を畜の義とする。

天より大なるはなく、しかも山中にある。艮が上にありて乾を下に止めるは、みな至大なるを藴畜する象である。人においては、学術道徳が内に充積するが、すなわち畜むるところの大なるものである。およそ畜聚するところは、みな専らその大なる者を言う。人の藴畜は正道を得るをよろしとす。ゆえに「貞に利し」という。かの異端偏学のごときは、畜むるところ至りて多くとも正しからざるものも固(もと)よりある。道徳が既に内に充積したならば、上位にあって天禄を享け、天下に施し為すべし。しからば独り一身の吉のみならず、天下の吉となる。もし困窮の処にありて家に自食するならば、道の否(ふさ)がりである。ゆえに家食せざれば吉となる。畜むるところ既に大なれば、時に施して天下の艱険を済(すく)うべし。これすなわち山天大畜の用である。ゆえに「大川を渉るに利し」という。これはただ大畜の義に拠りて言ったのみである。彖はさらに卦の才徳を以て言い、諸爻はただ止畜の義のみ有する。けだし易は道を行き届かせ、宜しきに随いて明敏かつ身近なものを取るからである。

伊川易伝彖伝

卦の才徳を以て言うのである。乾の体は剛健、艮の体は篤実である。人の才が剛健篤実であれば、畜むるところ能く大となり、充実して輝光あり、これを畜めて已まざれば、その徳は日々に新たとなる。「剛上りて」とは、陽が上に居ることである。陽剛が尊位の上に居るのは賢を尚ぶの義であり、止が健の上に居るのは能く健を止めるの義である。健を止むる者は、大正にあらざれば安ぞ能わん。剛陽が上にあることと、賢徳を尊び尚び、能く至健を止めることとは、みな大正の道である。「大川を渉るに利しとは、天に応ずればなり」。

山天大畜の人は、その畜むるところを施して以て天下を救うべし。ゆえに「家に食せずして吉」とは、天位に居りて天禄を享くることをいう。国家は賢を養い、賢者はその道を行うを得る。「大川を渉るに利し」とは、大いに藴畜ある人は天下の艱険を救うべしという義である。彖はさらに卦才を発明して、大川を渉ることができるゆえんは、天に応ずるを以てなりという。六五は君であり、下に乾の中爻に応ずるは、すなわち大畜の君が乾に応じて行うことである。行うところ能く天に応ずれば、済うべからざる艱険はなし。いわんやその他をや。

伊川易伝大象伝

天は至大なるものであり、それが山の中にあるのは、畜むるところ至大なる象である。君子は象を観て以てその藴蓄を大にする。人の藴蓄は学問によりて大となる。前古の聖賢の言と行いを多く聞き、事跡を考究してその効用を観、言行を察してその心を求め、記憶してこれを体得し、以てその徳を畜め成すのが、すなわち山天大畜の義である。

周易注彖伝

凡そ物、既に飽きられて退く者は弱きなり。既に栄えて殞(お)つる者は薄きなり。それ能く「輝光日新にその徳を新にする」者は、唯だ「剛健篤実」のみ。上九を謂うなり。上に処りて大いに通じ、剛来たりて拒まず、「賢を尚ぶ」の謂いなり。健は乾より過ぐるはなく、而して能くこれを止む。夫の大正に非ざれば、未だこれ能わざるなり。山天大畜の実あり、これを以て賢を養い、賢者をして家食せざらしむれば、乃ち吉なり。「賢を尚び」て健を制し、「大正」にして天に応ずれば、険難を憂えず、故に「大川を渉るに利し」きなり。

周易注大象伝

物の懐(ふところ)に畜(たくわ)うべく、徳をして散ぜざらしむるは、此に尽くるなり。

周易正義卦辞

正義に曰く、「大畜」と謂う者は、乾の健が上進し、艮の止が上にあり、止めてこれを畜め、能く剛健を畜め止む、故に「大畜」と曰う。『彖』に「能く健を止め、大正なり」とある。これ能く健を止む、故に大畜と為すなり。風天小畜は巽が乾の上に在り、その巽順なるを以て、乾の剛を畜め止むること能わず、故に小畜と云う。此は艮能くこれを止む、故に大畜と為すなり。「利貞」とは、人能く健を止むるに、正にあらざれば可ならず、故に「貞に利し」となり。「不家食吉」とは、己に大畜の資あれば、当に賢人を養い順(したが)え、賢人をして家に自食せしめざるべし、此の如くにして乃ち吉なり。「利涉大川」とは、豊なれば賢を養い、天道に応じ、険難を憂えず、故に「大川を渉るに利し」となり。

周易正義彖伝

正義に曰く、「大畜は剛健篤実なり」と言う者は、此れ大畜の義を釈す。「剛健」とは乾を謂う。乾の体は剛にして性は健なり、故に「剛健」と言う。「篤実」とは艮を謂う。艮の体は静止す、故に「篤実」と称す。「輝光日新にその徳を新にす」とは、その剛健篤実なるの故を以て、故に能く輝耀光栄にして、日々にその徳を増新す。若し剛健無ければ劣弱なり、必ずや既に厭われて退く。若し篤実無ければ虚薄なり、必ずや既に栄えて殞つ、何ぞ能く久しく輝光ありてその徳を日新にせんや。

注の「凡そ物既に厭われて」より「剛健篤実のみ」に至るまで。

正義に曰く、「凡そ物既に厭われて退く者は弱きなり」とは、『経』の「剛健」を釈すなり。若し剛健ならざれば厭われて退けらる。能く剛健なれば、為すところ日に進みて厭われ退けられざるなり。「既に栄えて殞つる者は薄きなり」とは、『経』の「篤実」を釈すなり。凡そ物、暫時の栄華にして即ち損落する者は、体質の虚薄なるに由る。若し能く篤厚充実なれば、恒に栄美を保ちて損落有ること無きなり。「剛上りて賢を尚ぶ」。

正義に曰く、「剛上る」とは上九を謂う。乾の剛が向上し、上九が拒まざるは、これ賢を貴び尚ぶなり。

注の「上九を謂うなり」より「尚賢の謂いなり」に至るまで。

正義に曰く、「上九を謂うなり」とは、上九の徳、乾の上進を見て距逆せざるを言い、これ「賢を尚ぶ」を貴ぶなり。「上に処りて大いに通ず」とは、上九の「天の衢に何(みちび)かれて亨る」を釈し、これ上に処りて通ずるなり。既に上に処り、下は天に応じ、大通の徳あるなり。「剛来たりて拒まず」とは、大通あるを以て、既に乾の来たるを見て距逆せざるは、これ「賢を尚ぶ」の義なり。正義に曰く、「貞に利し」の義を釈す。艮が能く乾の健を止むる所以の者は、徳能く大正なり、故に「能く健を止む」なり。「家食せずして吉なり」より「天に応ずるなり」に至るまで。

正義に曰く、「不家食吉は賢を養えばなり」とは、「不家食吉」を釈し、賢者をして家に自食せしめずして吉を獲る所以なり。上に「大畜」の実在るを以て、此の賢人を養う、故に賢者をして家に自食せしめざるなり。「利涉大川は天に応ずればなり」とは、賢人を貴び尚び、大正にして天に応ずるを以て、険難を超え過ぐべし、故に「大川を渉るに利し」となり。

注の「大畜の実あり」より「大川を渉るに利しきなり」に至るまで。

正義に曰く、「賢を尚びて健を制す」とは、上九の剛来たりて拒まざるを謂い、「賢を尚ぶ」の謂いなり。艮能く剛を畜むは、「健を制す」の謂いなり。故に上の『経』に云く「剛上りて賢を尚ぶ」と。王の『注』に云く「上九を謂うなり」と。又た云く「能く健を止め、大正なり」と。王の『注』に云く「健は乾より過ぐるはなく、而して能くこれを止む。夫の大正に非ざれば、未だこれ能わざるなり」と。則ち是れ全く艮体を論ず。「明らかに知る賢を尚ぶ」とは上九を謂うなり。「健を制す」とは艮体を謂うなり。「大正にして天に応ず」とは、艮を謂うなり。故に前文に云く「能く健を止め、大正なり」と。健を止むるは是れ艮なり、天に応ずるとは、上体の艮が下体の乾に応ず、故に「天に応ず」と称す。此れ上卦と下卦とを取りて相応ずるのであり、一陰一陽が相応ずるを謂うに非ざるなり。

周易正義大象伝

「《象》に曰く」より「以てその徳を畜む」に至るまで。

正義に曰く、「天在山中」とは、徳を身中に積むを取らんと欲す、故に「天在山中」と云う。「君子以て前言往行を多く識し、以てその徳を畜む」とは、君子はこの「大畜」に法(のっと)り、物が既に「大畜」なれば徳も亦た「大畜」なり。故に前代の言、往賢の行を多く記識し、多聞多見ならしめ、以て己の徳を畜積す、故に「以てその徳を畜む」と云う。

注の「物の懐に畜うべく」より「此に尽くるなり」に至るまで。

正義に曰く、物の懐に畜うべく、その道徳をして棄散せざらしむる者は、唯だ「前言往行」を懐に貯蔵してこそ、徳をして散ぜざらしむべきのみ。唯だ此れあるのみ、故に「此に尽くるなり」と云う。

出典

易経 · #26 山天大畜 → この日の黄暦 →