周易本義卦辞
益は増益なり。卦となるや、上卦の初画の陽を損して下卦の初画の陰を益す。上卦よりして下卦の下に下る、故に益となす。卦の九五・六二は皆中正を得たり。下は震、上は巽にして、皆木のエレメント(木)の象なり。故にその占、往く所あるに利ろしく、大川を渉るに利ろしとするなり。上下の「下」は去声。
卦体を以て卦名・卦義を釈す。卦体・卦象を以て卦辞を釈す。施は始豉の反。
動と巽の二卦の徳、乾が下り施し坤が上に生ず。また上文の卦体の義にして、またこれを以て言を極めて益の大なるを賛ず。
それぞれの暦日は一つの卦に決定論的に対応します——文王卦の順で64日を一巡する連続輪転によるものです。占わず、乱数もありません。
益:往く所あるに利あり。大川を渉るに利あり。
益卦は風雷相加わる活発な生気を象徴し、上を損じて下を益し、善を見ては遷り過ちを改める徳を説きます。時流に乗って積極果敢に行動を起こし、大河を渡るような大きな挑戦にも道が開ける好機を示します。
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易経・四柱推命のリーディング依頼(eastalmanac.com より)。 Page: Daily hexagram 2026-07-15: #42 风雷益. 二層構造で解釈してください。1)理法の根拠:卦爻の変爻や干支五行の力点と注意すべき盲点。2)実践的アドバイス:問いに対する率直な結論、動詞から始まる2〜3の具体的な行動指針と内省の要点。決定論を排し、自省と意思決定の参考にしてください。出典・詳解: https://eastalmanac.com/ja/daily-hexagram/2026-07-15/
下卦の震木と上卦の巽木が呼応する配置は、四柱推命における木気旺盛で発揚力に満ちた格局に通じます。伝統的解釈では、目上からの後援や下層への利益還元を通じて全体の運気が底上げされる吉祥の流れと見立てられます。自らの徳を磨きながら周囲と協調して前進することで、発展の勢いが確固たるものになります。
西洋占星術の観点では、木星と天王星の調和的なアスペクトがもたらす革新と外延的拡大の力学に類似しています。風と雷が相乗効果を生み出すように、既存の枠組みを越えた新たな領域への進出や共同事業に強力な追い風が吹く象意とされます。変化を恐れずに未知の機会へと踏み出すことが、飛躍的な進展を引き寄せる鍵となります。
卦象は雷が動き風が従う姿を示し、上が謙虚に下を潤す「損上益下」の道によって大いに道が開けます。卦辞にある「往くところあるに利ろし、大川を渉るに利ろし」とは、木舟が波を越えて進むように、明確な目標を定めて難局に挑む姿勢の正しさを伝えています。時流に調和しながら善行を推し進めれば、滞っていた状況も一気に好転へと向かいます。
職場や事業において、上位層からの支援やリソースの分配を受けやすく、組織全体を巻き込んだ拡張に適した時期です。現代の組織論に照らせば、現場への権限移譲と積極的な挑戦がチーム全体の士気と業績を大きく高める局面といえます。失敗を恐れず重要なプロジェクトの先頭に立つことで、確固たる実績と信望を築くことができます。
事業の循環や積極的な展開に伴い、実利の拡大が期待できる好調なサイクルに入っています。商業の伝統では、得た利益を内部に死蔵せず、基盤強化や価値ある対象へ再投資することが長期的な繁栄を呼ぶと説かれます。資金の健全な流動性を意識し計画的に動かすことで、着実な資産基盤の拡充が期待できます。
互いを高め合い、精神面と生活面の両方で滋養を与え合える活気ある関係性が示されています。心理学的な視点からも、相手の長所を認め肯定的なフィードバックを交わす姿勢が信頼の絆を深めると解釈されます。日頃の感謝を行動で示し共に成長を目指すことが、関係をより豊かなものへと育てます。
震と巽の二木が重なる象は肝胆の気のスムーズな巡りを表す一方、生気が強すぎて熱感や神経の高ぶりを招く傾向を内包します。東洋の養生訓では、適度な有酸素運動で気を発散させつつ、情緒の平穏を保つことが推奨されます。適度な休息を取り入れて心身の昂ぶりを静めることが、持続的な活力を保つ秘訣です。
大象伝の「善を見ては遷り、過ちあれば則ち改む」が示す通り、自己変革と成長にとって極めて実り多い時期です。自身の至らなさに気づいたとき、迅速に改める柔軟性と潔さを持つことが人格の向上を促すとされます。過去の習慣に執着せず良い手本を素直に取り入れる姿勢が、内面的な飛躍を後押しします。
互いの長所が引き出され、協力することで相乗効果が何倍にも広がる極めて調和のとれた相性です。伝統的な相性分析では、一方が他方を引き立て双方が潤う共生関係が成立しやすいと捉えられます。利益や成果の公平な分担を明確にしておくことで、息の長い信頼関係を維持できます。
長期的な運気において、閉塞感を打ち破り一気に上昇気流に乗るダイナミックな変革期に位置づけられます。従来の枠組みにとどまらず、新たな環境への適応や越境的な試みに打って出ることが吉を呼びます。時代の潮流を的確に見極めて柔軟に行動を合わせることで、大きな飛躍を遂げられます。
年間の展望として、周囲からの後援や好条件に恵まれ、前向きな取り組みが具体的な成果を結びやすい一年です。伝統的な年運判断では、公明正大な態度で臨む限り、多少の難所も成長の足がかりに変えられるとされます。重要な目標には年頭から意欲的に着手することで、期待以上の結実を得られます。
姓名判断の観点では、樹木の伸びやかな成長、風のような清廉さ、雷の如き躍動感を宿す文字構成が調和します。音律においても明るく発揚力のある響きが、本人の自立心と他者を包容する度量を育むとされます。前向きな向上心と社会への貢献を意味する名づけが、生涯の発展を力強く支えます。
日選びの伝統において益卦の気運は、開業、契約締結、遠方への出発、新規事業の立ち上げなどに広く推奨されます。東方および東南方の木気を取り入れ、物事が淀みなく前進する日取りを選ぶことが有効とされます。適切な吉日を選んで大事に着手することで、初動の勢いを大きく加速させることができます。
風水環境では東および東南の方位の気が活性化し、発展運や学術・商業の繁栄を促す配置となります。風通しを良くして自然光を十分に取り入れ、瑞々しい観葉植物を配することで空間の生気を高めるのが伝統的な知恵です。生活動線をすっきりと整え新鮮な空気を循環させることが、住まいに活力を満たす基盤となります。
益は、上を損じて下を益し、民の説ぶこと疆りなし。上より下に下る、其の道大いに光なり。「往く所あるに利あり」とは、中正にして慶びあるなり。「大川を渉るに利あり」とは、木の道乃ち行わるるなり。益は動きて巽順、日に進むこと疆りなし。天施し地生ず、其の益に方りなし。凡そ益の道は、時と偕に行わる。
風雷は益なり。君子以て善を見れば則ち遷り、過ちあれば則ち改む。
周易本義卦辞
益は増益なり。卦となるや、上卦の初画の陽を損して下卦の初画の陰を益す。上卦よりして下卦の下に下る、故に益となす。卦の九五・六二は皆中正を得たり。下は震、上は巽にして、皆木のエレメント(木)の象なり。故にその占、往く所あるに利ろしく、大川を渉るに利ろしとするなり。上下の「下」は去声。
卦体を以て卦名・卦義を釈す。卦体・卦象を以て卦辞を釈す。施は始豉の反。
動と巽の二卦の徳、乾が下り施し坤が上に生ず。また上文の卦体の義にして、またこれを以て言を極めて益の大なるを賛ず。
周易本義大象伝
風雷の勢いは交々相助け益す。善に遷り過ちを改むるは益の大なる者にして、その相益すもまたなお是くのごとし。
伊川易伝卦辞
益の序卦に「損して已まざれば必ず益す、故にこれを受くるに益を以てす」とあり。盛衰損益は循環するがごとし。損極まれば必ず益すは理の自然にして、益の損を継ぐ所以なり。卦となるや巽上にして震下なり。雷と風の二物は相益す者なり。風烈しければ則ち雷迅く、雷激すれば則ち風怒る。両つながら相助け益す、所以に益となす。これは象を以て言うなり。巽・震の二卦は皆下より変じて成る。陽変じて陰となるは損なり。陰変じて陽となるは益なり。上卦損して下卦益す。上を損して下を益す、所以に益となす。これは義を以て言うなり。下厚ければ則ち上安し、故に下を益するを益となす。
益とは天下を益するの道なり、故に往く所あるに利ろし。益の道は以て険難を済うべし、大川を渉るに利ろし。彖に曰く、益は上を損して下を益し、民の説ぶこと疆なし。上より下に下り、その道大いに光る、とは卦義と卦才とを以て言うなり。卦の益たるは、その上を損して下を益するを以てなり。上に損して下を益すれば、民の説ぶこと疆なしとは、窮極なきを言うなり。上よりして己を降して以て下に下る、その道の大いに光顕なるなり。陽が下に下りて初に居り、陰が上に上がりて四に居るを、上より下に下るの義となす。往く所あるに利ろしとは、中正にして慶びあるなり。
五は剛陽中正を以て尊位に居り、二は復た中正を以てこれに応ず。是を以て中正の道を以て天下を益し、天下はその福慶を受くるなり。大川を渉るに利ろしとは、木道乃ち行わるるなり。益の道たる平常無事の際に於いてはその益なお小なり。艱危険難に当たりては則ち益する所至大なり、故に大川を渉るに利ろし。艱険を済うに於いて乃ち益道大いに行わるるの時なり。益を誤りて木となす。或いは上巽下震を以ての故に木道と云うとなすは非なり。益は動きて巽順、日に進むこと疆なし。
また二体を以て卦才を言う。下は動きて上は巽、動きて巽順なり。益をなすの道、その動き理に巽順なれば、その益は日に進みて広大にして疆限あることなし。動きて理に順わざれば、あに大益を成す能わんや。天施し地生ず、その益方なし。天地の功を以て益道の大を言い、聖人これを体して以て天下を益す。天道は始めを資り、地道は物を生ず。天施し地生じ、万物を化育して各々性命を正しくす。その益は方なしと言うべし。方は所なり。方所あれば則ち限量あり。方なしとは広大にして窮極なきを言う。天地の万物を益することにあに窮際あらんや。およそ益の道は時と偕に行わる。
天地の益の無窮なるは理のみ。聖人の天下を利益するの道は時に応じ理に順い、天地と合して時と偕に行わるるなり。
伊川易伝大象伝
風烈しければ則ち雷迅く、雷激すれば則ち風怒る。二物は相益す者なり。君子は風雷相益すの象を観て益を己に求む。益をなすの道、善を見ては則ち遷り、過ちありては則ち改むるに若くはなし。善を見て能く遷れば則ち以て天下の善を尽くすべく、過ちありて能く改むれば則ち過ちなし。人を益する者、是より大なるはなし。
周易注彖伝
震は陽なり。巽は陰なり。巽は震に違背する者にあらず。上に処りて巽順にし、下に違わざるは、「上を損して下を益す」の謂いなり。五は中正に処り、「上より下に下る」、故に「慶びあり」。中正にして慶びあるの徳を以て、往く所あれば、いずくに適くとして利あらざらんや!木は、大川を渉るを常となして溺れざる者なり。益を以て難を渉るは、「木」に同じきなり。方なし。上を損して下を益す。益の用たる、施して未だ足らざるなり。満ちてこれを益すは害の道なり。故に「およそ益の道は時と偕に行わる」なり。
周易注大象伝
善に遷り過ちを改むるは、益これより大なるは莫し。
周易正義卦辞
正義に曰く、「益」とは増し足すの名なり。上を損して下を益す、故にこれを益と謂う。下に已に有りて、上が更にこれを益すは、聖人の物を利することの已まざるを明かすなり。損卦は則ち下を損して上を益し、益卦は則ち上を損して下を益す。名を得るは皆下に就きて上に拠らざるは、向秀に曰く「明王の道は、志は下を恵するに在り、故に下を取るを損と謂い、下に与うるを益と謂う」と。既に上が下を恵する道を行い、万物を利益し、動きて違背すること無ければ、何ぞ往くとして利あらざらん、故に「往くところあるに利ろし」と言う。益を以て難を渉れば、理として険阻を絶つ、故に「大川を渉るに利ろし」と言うなり。
周易正義彖伝
正義に曰く、これは二体に就きて卦名の義を釈す。柔の損は上に在り、剛の動は下に在り、上は巽順にして下に違わざるは、「上を損して下を益す」の義なり。既に上に居る者能く自ら損して以て下を益せば、下民は歓説して復た疆限なし。益卦の益と名づくる所以は、正に「上を損して下を益し、民の説ぶこと疆なし」を以てなり。
正義に曰く、これは九五の爻に就きて「往く所あるに利ろし、中正にして慶びあり」を釈す。五は中正に処り、能く「上より下に下る」ときは、その道光大にして天下の慶順する所となる。「中正にして慶びあるの徳を以てす」、故に往く所として利あらざるなし。益の「往く所あるに利ろし」とする所以は、正に中正にして慶びあるを謂うが故なり。
正義に曰く、これは譬えを取りて「大川を渉るに利ろし」を釈す。木の体は軽浮にして、大川を渉るを常となして溺れざるなり。益を以て難を渉るは、木道の川を渉るがごとし。川を渉りて害なきは、方に益の利たるを見る、故に「大川を渉るに利ろし、木道乃ち行わる」と云うなり。
正義に曰く、「益は動きて巽、日に進むこと疆なし」とは、これより已下、広く益の義を明かす。前には則ち二体に就きて上を損し下を益すを明らかにして以て卦名を釈し、下に動求ありて上が能く巽順に接するを以て、これ「上を損して下を益す」の義とす。今二体を執りて更に益を得るの方を明かすなり。若し動きて驕盈なれば、則ち彼の損は已むことなし。若し動きて卑巽なれば、則ち進益疆なし、故に「益は動きて巽、日に進むこと疆なし」と言う。「天施し地生じ、その益方なし」とは、天地に就きて広く益の大義を明かすなり。天は気を地に施し、地は気を受けて化生す、これもまた「上を損して下を益す」の義なり。その施化の益は方所あることなし、故に「天施し地生じ、その益方なし」と言う。
正義に曰く、益を施すこと方なしと雖も、恒に用いるべからず、まさに時に応じてこれを行うべし、故に「およそ益」を挙げてこれを総結す、故に「およそ益の道は時と偕に行わるるなり」と言う。
周易正義大象伝
正義に曰く、『子夏伝』に云う、「雷以てこれを動かし、風以てこれを散じ、万物皆盈つ」と。孟僖もまたこれと同義なり。言うこころは、必ず雷の前に動き、風の後に散ずるを待ちて、然る後に万物皆益す。二月の啓蟄の後に風以て物を長じ、八月の収声の後に風以て物を残するがごとし。風の益たるはその雷の後に在り、故に「風雷は益」と言うなり。遷とは遷徙慕尚を謂い、改とは改更懲止を謂う。善に遷り過ちを改むるは、益これより大なるは莫し。故に君子の益を求むるは、「善を見ては則ち遷り、過ちありては則ち改む」を以てす。六子の中、並びに物を益することあれど、なお雷風を取る者は、何晏に云う、「その最も長くして久しかるべきの義を取るなり」と。